84年新日本プロレス「84IWGP」もいよいよ大詰めとなりました。6月10日静岡産業館(ツインメッセ静岡)では公式戦では2月3日、札幌中島体育センターで藤原喜明の試合前乱入により前代未聞の試合不成立となった藤波辰巳と長州力の名勝負数え唄が実現。(懸賞金100万円争奪)
試合は7日仙台での猪木戦で痛めた腰の回復が不十分だった藤波の動きが今一つでした。勝負を賭けて放ったジャーマン・スープレックスホールドでしたが、ブリッジして固めた際に藤波の腰に激痛が走り、自ら両腕のグリップを外してしまいました。
場外戦になり、長州は藤波をフェンスに叩きつけてさらにリキラリアット、これが運よくオーバー・ザ・フェンスにならず、長州はリングに戻りリングアウト勝ち。
6月11日愛知県体育館でのテレビ収録マッチは観衆15,500人超満員発表の大観衆を動員しています。ついに同会場での最高入場者数を更新。15,000人発表は過去83年6月1日と84年1月27日の2回ありますが、15,500人は力道山時代含めて1回もないです。
メインイベントは事実上の決勝進出者決定戦、44点1失点同士の猪木とアンドレ・ザ・ジャイアントの公式戦です。(懸賞金100万円争奪)
試合は長丁場の展開となりました。じっくりとしたレスリングの攻防から均衡が破れたのは猪木の奇襲の延髄斬り。さらにアリキックの連発から猪木はトップロープに登り、ダイビングしての延髄斬り。
焦ったアンドレは猪木を場外へ連れ出して乱闘、鉄柱に猪木を叩きつけたまでは良かったですが、ここで勢い余って猪木をフェンス越しに投げてしまい23分37秒のロングマッチの末、猪木の反則勝ち。
試合内容はようやく勝ちを拾った感じでしたがこれはリーグ戦であり、勝ち方はどうあれ猪木にとってはこの1勝は大きく、2失点の48点を挙げ、6月13日、横須賀大会でのリーグ最終戦のワンツ戦を迎えます。アンドレはこれで失点6となり44点のままでした。
セミファイナルの藤波vsアドリアン・アドニスは逆さ押さえ込みで藤波が勝ち33点で公式戦終了。藤波のフォール勝の5つは全て丸め込みでクイックというのはこれは藤波のスタイルであり仕方ないと言った感じです。
公式戦最終日は6月13日横須賀市総合体育会館。猪木とアンドレの公式戦最終戦がそれぞれ組まれました。猪木はオットー・ワンツを延髄斬りからの体固めに降し53点で1位通過となりました。
アンドレはディック・マードックと対戦。全く寄せ付けずヒッププレスからの体固めで49点。猪木とアンドレは4点差で両者の直接対決によるもの。この年のIWGPは波乱や番狂わせもなく、脇を固める藤波、長州、マードック、アドニス、マスクド・スーパースターらがダークホースとして活躍するようなことはありませんでした。
本来、リーグ戦の醍醐味というのは最後の最後まで読めない優勝展開、番狂わせ、伏兵の活躍というところにあると思いますが、今回はリーグ戦本来の「星取の面白さ」みたいなのは全くと言っていい程ありませんでした。
この時のテーマは「舌出し失神事件からの猪木の1年越しのリベンジ」一点に絞られており、リーグ戦自体に余計な味付けはされませんでした。
いよいよ、翌6月14日、蔵前国技館での優勝決定戦は前年度優勝のハルク・ホーガンと、猪木の1年越しのリベンジマッチとなった訳です。
84年IWGP優勝決定戦は6月14日、蔵前国技館に13,000人超満員発表の大観衆を集めて行われました。
前年度優勝者ハルク・ホーガンに挑むリーグ戦覇者は53点無敗の猪木。以前ビンス・マクマホンが「ホーガンとアンドレ・ザ・ジャイアントのシングルマッチを日本でやることは認めない」とコメントしていましたが、仮にそれがなかったにせよ、この時に決勝に出て来るのは猪木以外には考えられません。
衝撃の舌出し失神事件から1年、今度こそIWGPの提唱者である猪木がホーガンを打ち破り、時価1億円のベルトを巻いて欲しい。1年前、会場で、テレビの前で心配し、涙した日本全国のプロレスファンの悲願でした。
前売チケットは早急に完売。入り切れなかった人の為に会場の外で日本初のクローズド・サーキット(今で言うパブリックビューイング)の上映が為され、300人が国技館の中庭から試合を観戦しました。
最初に入場してきたのは猪木、赤いガウンで登場、続いて王者ホーガンがベルトを巻いての入場。
序盤は静かな攻防、ホーガンがキャメルクラッチ、シュミット式バックブリーカーを見せれば猪木はコブラツイスト、腕ひしぎ逆十字。
ホーガンもこれを逆十字で切り返す。ホーガンの張り手と猪木のナックルの応酬、ホーガンのバックに回ると猪木はバックドロップ。
ちなみに猪木のバックドロップは長年投げる時に右足が流れてしまう癖がありましたが、晩年は投げ切るまで両足がピッタリとマットに着くように改良され、フォームは美しくなっています。
ホーガンも猪木の身体を担ぎ上げると力任せにバックドロップのお返し、さらにネックブリーカードロップと畳み込みますが猪木もホーガンの隙を衝いての延髄斬り、ホーガンはロープ際にダウンしてのエスケープ。
ホーガンが反撃に出ます。猪木をダウンさせておいてのギロチン・ドロップ、さらに早くもアックスボンバー、猪木はこれをかわしドロップキック。
エプロンに落ちるホーガン、猪木はホーガンがリングに上がって来たところを延髄斬り、しかしホーガンはこれを読んでおり空回り。
ホーガンは猪木を場外へ引きずり出して乱闘となった末、場外でのブレーンバスター。レフェリーのミスター高橋は場外20カウントを数えて17分15秒、両者リングアウトが宣せられました。
ホーガンは自分が王者であるから、引き分けでの「防衛」を主張。ホーガン的には防衛戦の感覚なのでしょう。
館内からはもちろん「大・延長コール」山本小鉄審判部長がリングに上がり時間無制限1本勝負で延長戦へ。
延長戦では猪木がアリキックの連発でホーガンをダウンさせると足4の字固め。ガッチリ決まったがホーガンは身体をにじりよってロープへ、両者の身体はエプロンに出てしまいました。
レフェリーの高橋は再びカウントを数えますが両者とも自力で技を外す気配はなく、10カウント入り2分23秒、両者エプロンカウントアウト。またもドロー裁定。
試合は再延長戦へ。ホーガンは猪木をロープに詰めてショートレンジのアックスボンバー、これは効きました。さらにとどめとばかりロープに飛ばしてのアックスボンバー。猪木はカウント2でクリア。
ホーガンは猪木を場外に落とし、場外でもアックスボンバー、リングに戻り、エプロンに上がろうとした猪木に助走をつけてのアックスボンバー…6・2の惨劇再びを思わせる場面でしたがレフェリーも巻き込んでもつれて両者場外へ転落。
そこへリング下で待機していた長州が唐突に乱入。まずは猪木にリキラリアット、続いてホーガンにもリキラリアットを見舞いましたがこれはホーガンのアックスボンバーとの相討ち。
リキラリアットを食らってダウンしていた猪木でしたが、セコンドの助けを借りて猪木はリングにカムバック、ここで20カウントが数えられ、3分11秒、猪木のリングアウト勝ちによる優勝が宣せられました。
この瞬間、13,000人の大観衆からはブーイングと怒号が巻き起こりました。試合後、IWGPのベルトを腰に巻かれた猪木は収拾がつきそうもない状況の中でホーガンに向かって英語でマイクアピール。
最後の「ツーベルト!」の部分だけははっきり聞き取れましたが、「もう一回、今度はお前のWWFとこのIWGPの2つのベルトを賭けてやろう。」という内容だったかと思われます。
しかし、日を改めて再戦しようと言っても到底この日の結末では観客は納得する訳もありません。両者がリングを降りてからも観客の「長州を出せ!」「金返せ!」の野次と怒号は収まるどころか第にヒートアップしていきました。
暴徒と化した観客からはリング内に座布団が投げられたのを契機に続々とモノが投げ入れられ、暴動騒ぎに発展、国技館の時計をモノを投げて壊し、不審火が焚かれました。消火器を振り回し、貴賓席、力士の名前の書かれた電光板を次々に壊しにかかりました。
まさに恐るべし集団心理。今なら警察が呼ばれ、器物破損で逮捕者が出てもおかしくない状況でした。藤原喜明がリングに上がりマイクを掴んでやめるように呼び掛けるも観客は収まらず。
私服に着替えた猪木がリングに上がり、観客に向かって無言のまま手を上げて頭を下げましたがかえって逆効果となり「猪木死ね!」という声も。
坂口や藤波もマイクを掴んで懸命に場内を静めようとしましたが、それも効果はありませんでした。
結局、午後11時半過ぎ迄167人ものファンが残り、「2度と長州の乱入のようなことを繰り返さないで欲しい」と「嘆願書」を出して新日本プロレス側もこれを受け入れて一段落つきました。
事態を重く見た新日本は6月18日、臨時役員会を開催し騒動の善後策を協議。
「試合に乱入した長州と試合の運営にスムーズさを欠くレフェリングをしたミスター高橋の処分を検討する」と方針を固めました。
6月21日に14日蔵前国技館に来場していたファン代表の藤井良樹君(当時19歳)と仲介の労をとった田野直氏(どういう立場の人物かは不詳)が南青山にあった新日本の事務所を訪れ、坂口副社長と中根保男営業部長に抗議署名を手交しています。
新日本プロレス側は臨時役員会での決定事項を踏まえ、長州と高橋レフェリーに処分を課し、セコンド陣の事前チェックが不十分であったことを認め、謝罪しました。
新日本が誠意ある対応をした為、ファン代表側も納得し怒りを鞘に収めて一応の収束をみました。
当時は、長州が何故乱入したかに焦点が絞られました。UWF誕生の経緯と同様に猪木が仕組んだアングルであったことは当然伏せられていたことは言うまでもありません。
当事者の長州はこの件に関しては固く口を閉ざしており、コメントはなし。一部では「決勝戦を見ていてつい興奮して手を出した」と書かれた文献もありますが勿論本音とは程遠い話でした。
専門誌(紙)には「決勝に行けなかったことに対しての不満」「長州にとって心の師匠であるマサ齋藤が処遇面の改善(ギャラアップ)を要求して(新日本に)蹴られたらしい、それに対する齋藤の不満を代弁したもの」などの憶測記事が掲載されました。
日本相撲協会は今回の騒動で「猪木が謝りに来ない」と激怒したそうですが、この年の秋場所を最後に取り壊しが決定しており翌年初場所からは両国に建築中だった新国技館に移転が決まっていた為か、使用禁止のお咎めはなし。(勿論、修繕費用は新日本が支払ったと思われる)
新日本プロレスは前年8月のタイガーマスク引退騒動から立て続けに失策を連発しています。
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