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2024年07月26日22:48

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ストロング小林さん追悼最終章(759)

81年新日本プロレス「サマー・ファイト・シリーズ」振り返りの続きです。スタンリー・レーンはヴァンダナを巻いてタンクトップのコスチュームで入場してきて新時代のレスラーだという印象でした。今回はフロリダのヒロ・マツダルートでの初来日。

トラースキック、河津落としなどダイナミックな大技を繰り出し、藤波辰巳のWWFジュニア・ヘビー級王座に2度挑戦。敗れましたが評価を上げました。

骨格からみてジュニア・ヘビー級に収まるタイプではなく近い将来ヘビー級に転向する感じでしたが帰国後はタッグ屋として全米の売れっ子となりました。来日はこれ一度きりなのは勿体なく藤波やタイガーマスクとの対戦を見たかったです。

初来日のフランク・サベージはWWFのジョバーであり、WWFではストロング小林とも対戦しています。殴る、蹴るといったラフファイトが中心でしたが、試合そのものは決してしょっぱくはなく基本のしっかりしたレスラーでした。テレビには一度も登場しませんでしたが、私は生で3回Fサベージを観ており、その上での感想です。

7月24日刈谷市体育館大会から特別参加したミッシェル・ナドール(マイケル・ネイダー)ですが、11年ぶりの来日、49歳と当時としては高齢の部類に入りました。シュートの実力ではローラン・ボックと同格でボックが3敗しています。しかしボックの日本デビュー戦があまりにインパクトが強すぎて陰に隠れてしまった感はありました。

7月31日大阪・臨海スポーツセンターから特別参加のボックは先述した木村健吾との日本デビュー戦が強烈な印象を受けて「ボック神話」が誕生。

シリーズ最終戦の8月6日蔵前国技館で猪木vsアブドーラ・ザ・ブッチャーは組まれる可能性は低かったと書きましたが、ボック戦も見送られました。私見では79年8月2日、品川プリンスホテル・ゴールドホールで対戦が実現しなかった猪木vsボックの4分10ラウンドマッチを見たかったです。

82年1月1日後楽園ホールでの一騎討ちは、テレビ生中継の時間配分を気にしながらの展開、猪木、ボックともコンディション不調、唐突な終わり方など期待外れの内容でした。

もっとも新日本プロレスもボックを「IWGPヨーロッパ・ゾーン代表」にと目論んでいた部分もあり、この時は温存しておきたかったかと思います。後楽園ホールでの対戦であれば、不透明決着にしておいて大会場で再戦、という流れにすることが出来、元日はあのような結末になったかと思われます。

しかし、その後行われた82年「第5回MSGシリーズ」に特別参加が発表されたボックは体調不良を理由に来日をキャンセル。以後は音信不通となり猪木は「シュツットガルトの惨劇」の復讐を果たせぬまま終わっています。
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