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2023年08月26日22:44

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ストロング小林さん追悼(486)

「プロレスラー」としては初来日となるウィルフレッド・デートリッヒ、60年ローマ五輪金メダリスト、64年東京五輪銅メダリスト。

デートリッヒはレスリングドイツ代表でオリンピックに出場し、1958年メルボルンのグレコで銀、60年のローマではフリーで金、グレコで銀、64年の東京ではグレコで銅、68年のメキシコではフリーで銅といった数々のメダルを獲得しています。

日本では東京五輪金メダリストと伝えられましたが、実際は銅メダルに終わっています。たぶん、世界選手権が横浜かどっかであって、そこでは金メダルを獲得してますので、ボックか誰かがごっちゃにして誤情報を流したものと思われます。

78年11月の「欧州世界選手権シリーズ」では猪木と対決。デートリッヒはプロデビュー戦でした。猪木との対戦成績は2戦1敗1分と勝てなかったものの、引き分けとなった2戦目では猪木を硬いマットにスープレックスで投げまくり、「あれでボロボロにされた」と西ドイツ遠征に同行した新間寿マネージャーが語っているところから、その強さを窺うことができます。

記録を見ると11月16日(日本時間17日)、西ドイツ・キール・コンサートマネジメントでの初対戦では、4ラウンド2分20秒、腕固めで猪木が勝っています。

2戦目となった11月21日(日本時間22日)、西ドイツ・ルートウィフハーヘン・エバートホールでは4ラウンド2分51秒、両者リングアウトの引き分けとなっていますが、2戦目に関しては「引き分けは日本向けに東京スポーツが報道した結果であり、猪木はデートリッヒに投げられまくって負けた」という説もあるほどです。

76年11月全日本プロレスに1度だけ来日した72年ミュンヘン五輪銅メダリスト、196cm、210Kgの巨漢、クリス・テーラーをグレコスタイルの試合で完璧なスープレックスで投げた写真が日本でも紹介されており、改めてその強さが立証されています。

後半戦特別参加の新日本プロレス3度目の来日となる「欧州闇の帝王」シン・リーガンは本名ゲーリー・マーフィー、1936年(月日不明)北アイルランド・デリー出身の当時41〜42歳。188cm、115kg。通算4度目の来日。

後述しますが初来日は71年3月国際プロレスになりますがストロング小林はアメリカへ武者修行中、新日本プロレスへの来日もいずれもS小林の参戦前となっています。

少年時代にロンドンのブリクストンに移住、ハイスクールではラグビーで活躍し、兵役中もレスリングやボクシングで活動。除隊後、大学の教育学部を卒業して教員となるが、ガス灯時代のプロレスラー、ジョージ・ハッケンシュミットに憧れていたこともあり、学校の夏休みなどを利用してプロレスラーとしての活動を開始します。このあたりは前々回書いたジョージ・スチールと一緒のキャリアです。

初期はワイルド・ビル・マーフィー、後にシン・リーガンをリングネームに、60年代はダニー・リンチ、ケンドー・ナガサキ(初代、68年に国際プロレスに来日したミスター・ギロチン)、アルバート・ウォールら地元のイギリス勢をはじめ、ドイツのホースト・ホフマン、スイスのレネ(ジャック・デ)・ラサルテス、ベルギーのイワン・ストロゴフ、南アフリカ共和国のジャン・ウィルキンスなど欧州および英連邦各国のトップ選手と対戦。同じアイルランド出身の後輩にあたる”アイリッシュ”パット・バレット(未来日)ともアイルランド王座を争いました。

71年3月、国際プロレスの「第3回IWAワールド・シリーズ」にビル・ロビンソン、カール・ゴッチ、モンスター・ロシモフ(アンドレ・ザ・ジャイアント)らと共に初来日。バッドマーク・システムを採用した予選リーグでは、グレート草津と時間切れ引き分け、ラッシャー木村と両者リングアウト、ロビンソンとサンダー杉山に敗れ、持ち点0となり失格。

翌72年9月、にはゴッチのブッキングでノーテレビ時代の新日本プロレスに参戦、猪木とのシングルマッチが実現しました。

73年は北米大陸に遠征に出掛け、エディ・クイーンが主宰するカナダのバンクーバー地区を拠点とするNWAオールスター・レスリングで試合をしました。ベビーフェイスとしてディーン・ホーやダッチ・サベージらと共闘し、ヒールサイドだったジン・キニスキー、ブル・ラモス、ザ・ブルート(バグジー・マグロー)らと抗争を展開。4月23日にはブルートからNWA太平洋岸ヘビー級王座を獲得、6月11日には新NWA世界ヘビー級王者になったばかりのハーリー・レイスがバンクーバーに登場した時に挑戦。同地区ではテリー・ファンクともタッグを結成しています。 

同年7月に新日本プロレスの「サマー・ビッグ・ファイト・シリーズ」に再来日。8月16日、足立区体育館での猪木とのシングルマッチはテレビ放送され、23分25秒、猪木がジャーマン・スープレックスホールドで勝っていますが、映像が残されていないところから「隠れ名勝負」としてマニアの間では語り草になっています。

外国人ヒールサイドとして全試合参加のマサ齋藤は「第2回MSGシリーズ」から2シリーズ連続参戦。今回は上田馬之助不在であり、クレイジー・レロイ・ブラウン、ウィリエム・ルスカらをサポートするか?

日本側はアメリカ、メキシコ武者修行を終えた木村健吾が凱旋帰国。

シリーズは6月29日、大宮スケートセンターで開幕、テレビ中継会場は7月6日、四日市市体育館、7月11日、函館市民体育館、7月17日、釧路市厚生年金体育館、7月27日、堺市金岡体育館、シリーズ最終戦は8月2日、品川プリンスホテル・ゴールドホール。

テレビ朝日が独占放送権を獲得した翌80年のモスクワ五輪に先駆けて開催された「モスクワプレ五輪」の中継が入り、7月27日、8月3日の放送はなし。

シリーズ中のタイトルマッチは7月6日、四日市市体育館で新北米タッグ王者チームとなった坂口征二&長州力組にS小林&木村健組が挑戦、7月17日、釧路市厚生年金体育館では坂口の保持しているNWF北米ヘビー級王座にLブラウンが挑戦。

シリーズ最終戦の8月2日、品川プリンスホテル・ゴールドホールでは猪木のNWFヘビー級王座にボックの挑戦が決定しました。猪木はシュツットガルトのリベンジを果たせるか?また、藤波辰巳のWWFジュニア・ヘビー級王座にはリーガンが挑戦。藤波は初のヨーロッパからの挑戦者を迎え撃つことになりました。
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