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2022年12月30日05:22

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ストロング小林さん追悼(357)

藤波辰巳の凱旋帰国シリーズだった78年「ビッグ・ファイト・シリーズ」ですが、「ドラゴンブーム」を巻き起こしたシリーズとして後世に評価されるシリーズだったと思います。

エース格のマスクド・スーパースターは2回目の新日本プロレス登場でフォール、ギブアップ負けは最終戦の3月30日、蔵前国技館大会での猪木とのNWFヘビー級選手権試合の卍固めによる1敗だけで、他は反則負けでエースの重責は果たしました。

マスクマンであり、表情が分かりづらいところからグレート・マレンコがヒール・マネージャーとして帯同したのは良かったと思います。マレンコもマネージャーとしては初の参加になりましたがピノキオの「ゼペットじいさん」みたいな風貌、山高帽にタキシード、杖をついてのギミックはわかりやすく、やはりベテランらしいいい動きをしていました。

猪木のNWFヘビー級王座に挑戦したMスーパースターは猪木が上手いので25分位試合を引っ張ってもらった感じでしたがボロ・モンゴル時代よりは明らかに試合運びが成長していました。

二番手に甘んじたイワン・コロフは76年11〜12月に来日した時から比べると別人のように細くなり、萎んでしまった感じでした。ステロイドを抜き、動きはシャープになりましたが、持ち前のパワーは衰えました。

猪木にはシングルで3戦3敗、藤波にも丸め込みで2回負けた後、カネックの代打で僅か2分25秒、ドラゴン・スープレックスで惨敗。以後新日本プロレスからお呼びがかかることはなくなっています。

80年代中盤にはノースカロライナ州を中心としたNWAミッドアトランティック地区のジム・クロケットプロで、ニキタ・コロフ(スコット・シンプソン)&クラッシャー・クルスチェフ(バリー・ダーソウ)組の「ザ・ロシアンズ」のプレーイングマネージャーとして活躍、ロシアンズは86年に2回全日本プロレスに来日していますが、その時は全日本プロレスへの来日は叶わず。

平成に入り12年後の90年、全日本プロレス「新春ジャイアント・シリーズ」に単独来日した後は92年にW☆INGに来日することになります。

カネックは最終戦に敵前逃亡があり、初来日で大きなイメージダウンを被り、メンタル弱めの印象を残しましたが、少年時代に「野良犬を殴り殺してそれを肉屋に持って行って売りつけていた」というエピソードの持ち主だけに気が弱い訳もなく、言葉の壁と新日本プロレス側のケアが不十分で嫌気が差してのドタキャンかと思います。

外国人には甘い顔をしない新日本プロレスも、流石に落度を認めたか、提携先のUWAのスペル・エストレージャでもあり、フランシスコ・フローレス会長の顔もあり、翌79年には再来日が実現しました。

大垣大会での前哨戦が素晴らしい内容だっただけに最後でミソをつけた感は否めませんが前述のように新日本プロレス側の対応にも問題ありで、損したのはお客様ということになります。

ロディ・パイパーの変身だったマスクド・カナディアンは開幕戦で藤波のドラゴン・スープレックスの餌食となり、首を痛めてしまい、最終戦まで若手の実力者、パイパーらしさを発揮出来ずに終わっています。途中帰国させられず最後まで出場したのは評価出来ます。

しかし新日本プロレスへの参戦は素顔も含めてこれが最後、次の来日はノースカロライナのクロケットラインで83年5月の全日本プロレス「グランド・チャンピオン・カーニバルPART�供廚忙伽錙■況遑各�、旭川市総合体育館常盤分館でディック・スレーターと組み、馬場&鶴田組のインターナショナル・タッグ王座に挑戦、12分30秒、鶴田のフライング・ボディシザースドロップ(空中胴締め落とし)でパイパーがフォールを奪われて敗れています。

全日本プロレスへの来日は1度きりでしたが、やはり馬場、鶴田とは身体のサイズが違い、手が合わなかったかと思います。

WWF入りしてから、テレビショー「パイパーズ・ピット」で大ブレイク、アメリカでスーパースターとなりましたが、日本よりアメリカ向けの選手でした。

ロン・スターは2度目の来日で、前回はグレート(エル)・ゴリアス&ブラック・ゴールドマン組が一緒だったことからメインイベント登場回数は少なかったですが、今回はヒールとしてのふてぶてしさが増して、Mスーパースターやコロフと組んでメインイベントに多数登場、基調な名バイプレイヤーぶりを発揮しました。が、素行が悪いのは考えモノです。

ロベルト・ソトは前77年の来日に比べて大人しかったというか、ポジションが落ちてメイン登場回数も減少、印象が薄かったです。新日本プロレスへはこれが最後の来日で帰国後は母国プエルトリコに定着マスクマン、ジ・インベーダーとして長くファイトしました。

国際プロレス末期の81年1月、「新春パイオニア・シリーズ」にインベーダーとしてミル・マスカラスのパチもんマスクを被って来日、「ルー・テーズ杯争奪予選リーグ戦」に参戦しましたが予選落ちしています。

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