75年8月1日〜3日まで、ルイジアナ州ニューオリンズのロイヤル・オリンズ・ホテルで、75年度NWA総会が開催されました。
長年会長職の座にあったミズーリ州セントルイスのプロモーター、サム・マソニック氏が勇退。代わって新NWA会長には1週間前に日本で馬場とテキサス・デスマッチで死闘を展開した鉄の爪、フリッツ・フォン・エリックことテキサス州ダラスのビッグタイム・レスリングのオーナー、ジャック・アドキッセンが選ばれました。
当時としては衝撃的な人事でしたが、日本に関係する部分で大きかったのは過去73、74年と加盟を申請しながら馬場と全日本プロレス系プロモーターの妨害工作により、2年連続反対多数で加盟が否決された猪木のNWA加盟問題でした。
NWAは過去2回、同様の事案で米国版独占禁止法であるアンチトラスト法で敗訴しており、事前にロサンゼルス在住の弁護士を通して「もし、今年加盟を却下されるようなことがあった場合、アンチトラスト法で訴える用意がある」とNWAに通告しており、猪木もロサンゼルスで試合があった為にNWA総会には出席せず、代理人弁護士を通しての書面による加盟申請となりました。
脅された格好となったNWAですが、アドキッセン会長は猪木のNWA加盟を条件付きで受諾。条件は3つで、�.献礇ぅ▲鵐版肋譴斑舂匹�し、互いのテリトリーで共存共栄を図っていくこと。��馬場、全日本プロレスが呼んでいる外国人レスラーは猪木の新日本プロレスは呼ぶことは出来ない。�C�木のNWA世界ヘビー級王座ヘの挑戦は1年以上は認めない。というもの。
猪木はこれを聞いて憮然たる表情で「これではメリットがない」と不満顔をしていたものの、推薦してくれていたロサンゼルスのマイク・ラーベル、ニューヨークのビンス・マクマホン・シニアらの顔もあり、これを応諾、NWAの一員となったものです。
猪木はこれでNWAに対する興味を急速に失い、独自の権威と価値観を創造すべく、翌76年から「格闘技世界一決定戦」路線へ突っ走っていくことになります。
ハリウッド・ブロンドスとの北米タッグ王座防衛戦はノーコンテスト、タイトルはコミッショナー預かりという残念な結果に終わりましたが、猪木はこの後もアメリカに残り、米マットの視察を行いました。
折しもこの時期、猪木と新日本プロレスには深い因縁を持つジョニー・パワーズとペドロ・マルチネスのNWFの共同オーナー2人が共謀し全米バスケットボールとWFLの放映権を持っており、アメリカABC系列で放送し巨万の富を得ていた富豪、エディ・アイホーンをオーナーに担いで75年1月、アメリカ北東部で旗揚げしたIWA(インターナショナル・レスリング・アソシエーション)という新興団体と老舗WWWFの興行戦争の真っ只中でした。
IWAは初代世界ヘビー級王者にミル・マスカラスを認定、オーナーのアイホーンはバスケットとフットボールのシーズンオフの期間に穴埋めする番組を欲しており、目をつけたのがプロレスでした。
アイホーンは腹心であるロバート・ハッチを社長に据え、マルチネスをプロレス部門の責任者として雇用、マルチネスはかつてはNWFのオーナーでありプロモーターだった人脈を活かして、ビジネスパートナーだったパワーズを初め、アーニー・ラッド、オックス・ベーカー、ブルドッグ・ブラワー、エリック・ザ・レッド、マイティ・イゴール、クルト・フォン・ヘス、ジート&ボロのザ・モンゴルズ、テキサス・マッケンジー、ハートフォード&レジナルドのラブ・ブラザーズなどかつてNWFに参戦していたレスラーを招集。
ロサンゼルス、WWWF地区でファイトしていた実績のあるミル・マスカラス、元WWWF世界ヘビー級王者だったイワン・コロフも引き抜きに成功。
7月10日、ニューヨークからハドソン川を挟んだ近隣のニュージャージー州ジャージーシティ・ルーズベルト・スタジアムでマスカラスvsコロフのIWA世界ヘビー級選手権試合をメインにビッグマッチを開催。22,000人の大観衆を動員してみせました。
WWWFはその2日後の7月12日、本拠地MSGでブルーノ・サンマルチノとジョージ・スチールのWWWFヘビー級選手権試合をメインにこちらも負けじと22,000人フルハウスの観客を集めました。
8月も興行戦争は続き、猪木はIWAとWWWFの両大会に姿を現しました。先行のIWAは8月7日、ルーズベルト・スタジアムでマスカラスとラッドのIWA世界ヘビー級選手権試合をメインで前回より落ち16,000人を集客。猪木はマスカラスと日本プロレス時代以来4年ぶりに旧交を温めました。
また、同大会で前74年8月、猪木vsカール・ゴッチの「実力世界一決定戦2番勝負」のレフェリーとして来日したルー・テーズが59歳でカムバック、Eレッドとシングルマッチで対戦、5分35秒、反則勝ちを収めており、猪木は復帰したテーズの「一本釣り」に出ました。
次期「闘魂シリーズ」前半戦に特別参加が予定されていたパワーズは来場した猪木に新日本プロレスとの提携を要請しましたが、新日本プロレスも提携先であるWWWFのオポジションだったIWAと提携する訳にもいかずパワーズの要請を断らざる得ませんでした。
IWAの大会の2日後の8月9日WWWFはMSGで定期戦を開催、猪木も来場しています。サンマルチノvsGスチールの再戦の他、協力関係にあったAWAのバーン・ガニアがビンス・シニアのピンチに助っ人参戦。アンドレ・ザ・ジャイアントと夢の師弟コンビを結成し、ジミー&ジョニーのバリアント・ブラザーズをに快勝。こちらは22,000人フルハウスとなり、8月のレスリング・ウォーはWWWFの圧勝となりました。
結局、IWAは9月1日の3度目のルーズベルト・スタジアム大会(マスカラスとラッドの再戦)が8,000人しか集められず赤字となりアイホーンが用意した4,000万ドルを使い切ってしまい、アイホーンはプロレス事業から手を引いて撤退。パワーズとマルチネスはアイホーンに追加の資金支援を頼んだものの断られました。
新日本プロレスの「サマー・ファイト・シリーズ」参加外国人がモントリオール勢ばかりだったのもIWAとWWWFのレスリング・ウォーの影響によるものでしょう。
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