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2022年04月01日06:10

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ストロング小林さん追悼(85)

73年国際プロレス「第5回IWAワールド・シリーズ」優勝決定戦は10月10日、長崎国際体育館(テレビ収録、観衆6,000人超満員発表)大会で開催されました。

Aブロックはラッシャー木村、ラーズ・アンダーソンが、Bブロックはグレート草津、ブラックジャック・マリガンが4者共に7戦6勝1敗の6点で同点首位に並びました。最多得点者が両ブロック共に2名出た為、異なるブロック同士での抽選による決勝進出者決定戦が行われることとなり、第1試合でBブロックの草津vsAブロックのアンダーソン、第2試合でAブロックの木村vsBブロックのマリガンが対戦。その勝者同士が優勝決定戦で対戦することになりました。

試合はいずれも60分1本勝負。決勝進出者決定戦第1試合の草津とアンダーソンの一戦は、アンダーソンのセコンドに次の試合に出るマリガンが付きました、草津はアンダーソンのタックルをかわしてコブラツイストからブレーンバスターからフォールの体勢へ、ここでマリガンが乱入して草津にキック、レフェリーの前溝隆男はマリガンに注意するだけで反則は取ろうとせず。

草津が勝負を賭けてのバックドロップにアンダーソンを担ぎ上げた瞬間、またしてもマリガンが乱入しアンダーソンを担いだ状態の草津にパンチ攻撃、バランスを崩した草津のバックドロップは共倒れになり両者リング内でダウン、前溝レフェリーがカウント10を数え、20分55秒、両者KOとなりました。両者は控室へ運び込まれ、ダメージから回復せず棄権、マリガンにしてみれば、公式戦で敗れている草津の決勝進出をどうしても阻みたかったのか…。

ただ「両者棄権」とわざわざせずとも、公式戦のルールをそのまま適用すればあらゆる時間内引き分けは負けになるので両者KO引き分けで失格になるはずです。

この結果、決勝進出者決定戦第2試合の木村vsマリガンが自動的に優勝決定戦となりました。木村のセコンドにはストロング小林が付きました。レフェリーは阿部脩。

序盤は静かな展開でスタート、グラウンドにおける攻防が見られましたが、マリガンが左手に仕込んだコイン状の凶器で木村を殴りつけ、木村は額からあっという間に大流血。割れた木村の額めがけてパンチの連打、しかし木村もマリガンを場外に落として鉄柱に叩きつけマリガンも流血。

コイン状の凶器を使って木村の頭部に攻撃を続けるマリガン、木村はマリガンの腕を掴むと凶器を奪い取って反撃、攻守入れ代わり木村はマリガンにドリルアホール・パイルドライバーからフォールにいきましたがマリガンはカウント2でクリア。

木村はマリガンが左手に装着していたブラックジャック(革手袋)を剥ぎ取ると自分の左手にはめて、マリガンから奪った凶器で額を滅多打ち、ロープに飛ばしてカウンターのクロスチョップから欧州遠征土産のダブルアーム・スープレックス、フォールの体勢へ、しかしマリガンは驚くべきスタミナでこれもカウント2で返しました。

起き上がったマリガンに木村はトドメとばかりダブルアーム・スープレックスをもう一発、25分3秒、カウント3が入り体固めで木村の初優勝が決定。小林がリングに上がって木村を祝福しますが心中は複雑だったことでしょう。

流血した額をタオルで覆い、大位山勝三に肩車されてファンの歓声に応えた木村はTBSの放送席に来て実況の新村尚久アナウンサーのインタビューに応えています。

新村アナ「木村さん、初優勝おめでとうございます!今の気持ちはどんなもんでしょうか?」

木村「そうですね、非常にね、ラッキーなとこもあったとは思うんですけどね、まあ、(シリーズが)開幕した時にはですね、悪くても、(ブロック)準優勝ぐらいまで進めたらって思っていたもんですからね、今日はここまで来れましたから。是が非でも日本側に優勝をもたらせたいと。出血が酷くてね、膝に来てどうしょうもないんですよ。死に物狂いでした。」

新村アナ「吉原さん(解説の吉原功社長)とも言ってたんですけれども、今日は気力の勝負でしたね。」

木村「目が見えないのと膝がぐらついてて、勝てて本当に良かったです。」

国際プロレスの選手は吉原社長が放送席にいた為、遠慮して謙虚な発言しかしないと思われますが木村らしい実直なインタビューでした。

小林はセミ前に登場、寺西勇とタッグを組んでデール・ルイス&ボブ・ブラッガーズ組と対戦。1本目は11分40秒、寺西がジャーマン・スープレックスホールドでブラッガーズを破り、2本目は3分5秒、小林がルイスを逆エビ固めでギブアップさせ、2−0のストレートで小林&寺西組の勝利。

マイティ井上はグレッグ・ガニアを11分5秒に体固めで破りました。翌74年に国際プロレスを離脱した小林の行動を「A級戦犯」として最後まで厳しく「口撃」し続けたのは井上。この時は遺恨はなかったものの、ブロックでは3位同士でベスト4に残れなかった小林vs井上による5位決定戦を組んでみても面白かったのではないかと思います。

アニマル浜口とウイリアム・ホールのシングルマッチは13分3秒、ホールが体固めで勝利。

ムース・ショーラックは田中忠治を11分18秒、体固めで撃破しました。「カナダの狂った大鹿」ショーラックは初来日が力道山時代の62年9月の日本プロレスで、力道山のインターナショナル王座にも挑戦した(11月9日、沖縄・旭日橋バスターミナル駐車場特設リング、2−0でストレート負け)実績のある巨漢レスラーでしたが、年齢から来る衰えは隠せず。公式戦は予選落ち、中堅・若手相手の1対2ハンディキャップマッチで観客を楽しませていました。

この時期の他団体の動きを見ると、NETの放送がつき、勢いづいた猪木の新日本プロレスは4日後の10月14日、蔵前国技館で東京スポーツ新聞社の後援により、猪木&坂口征二組のゴールデンコンビとルー・テーズ&カール・ゴッチ組による「世界最強タッグ戦」を開催し12,000人超満員発表の大観衆を動員。(2−1で猪木&坂口組の勝利)

馬場の全日本プロレスでは前72年に入団したミュンヘン五輪アマレス日本代表の鶴田友美(ジャンボ)が半年間のアメリカ修行を終えて帰国、国際プロレス長崎大会の1日前、10月9日、蔵前国技館で馬場と組んでドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク組のザ・ファンクスの持つインターナショナル・タッグ王座に挑戦。1−1から61分時間切れ引き分けとなりましたが、1本目、テリーをジャーマン・スープレックスホールドで破り、強烈なインパクトを与えました。

また、日本陣営加入のザ・デストロイヤーがミル・マスカラスとPWF認定USヘビー級王座防衛戦を行い1−1からリングアウト勝ち。64年東京五輪柔道重量級金メダリスト、「オランダの柔道王」アントン・ヘーシンクの全日本プロレス入団が決まり、この日リング上でファンに挨拶しています。こちらも11,000人(超満員発表)の観客を動員しています。(日本プロレスのメインレフェリーで力道山のプロレスの師匠にあたる沖識名の引退興行とあって、日本プロレスコミッショナー事務局長だった門茂男が主宰していた「ジャパン・レスリングユニオン」、旧日本プロレスの上田馬之助達が懸命にチケットを売り捌いたと言われる)

よって国際プロレスが興行的に弱い首都圏や大阪府立体育会館での優勝決定戦開催を回避してTBSネットの強い長崎県で開催したのは、賢明な判断だったと言えるでしょう。

シリーズ最終戦、10月12日、広島県立体育館(観衆3,700人発表)大会。小林はメインイベントでマリガンと金網デスマッチで対戦、25分18秒、カウントアウトで破り溜飲を下げました。

セミファイナルは草野&寺西組がLアンダーソン&ブラッガーズ組と対戦、1本目は16分48秒、アンダーソンが寺西を体固め、2本目は5分57秒、草野がアンダーソンをアバラ折り(コブラツイスト)でギブアップさせ、決勝の3本目は6分47秒、寺西がブラッガーズを体固めで破り、2−1で草津&寺西組が勝利。

ワールド・シリーズ覇者の木村はホールとシングルマッチで対戦し、15分43秒、体固めで完勝しています。井上はルイスを11分6秒、回転エビ固めで破りました。元祖「五輪の虎」ルイスは国際プロレスには初参戦、70年の日本プロレス参戦時には、1月27日、東京体育館でボボ・ブラジルと組んで馬場&猪木組のインターナショナル・タッグ王座に挑戦(2−1で敗戦)、また歴代UN王者に名を連ねた強豪レスラーで開幕前は優勝候補にも名前が上がっていましたが、ウエイトアップで動きが悪く不本意な成績に終わっています。

浜口とグレッグのシングルマッチは13分15秒、体固めで浜口のフォール勝ち。リーグ戦全敗のグレッグでしたが、帰国後はジム・ブランゼルとの「ザ・ハイフライヤーズ」でAWA世界タッグ王者となり、父親ほどのレスラーにはなれませんでしたが中堅の上くらいのポジションにはなっています。

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