ストロング小林のヨーロッパ、ケニア、アメリカ武者修行中の国際プロレス最後のシリーズとなる71年「第3回IWAワールド・シリーズ」が3月31日、板橋区体育館(テレビ生中継、観衆1,000人発表)で開幕。
前年度の第2回大会は予選がハッキリとファンにわかるように行われないまま、小林が結果的に優勝決定戦に進出、第1回優勝者のビル・ロビンソンと70年5月14日、台東体育館で対戦し2−1で敗れ、ロビンソンが2連覇を果たしていますが、この年は外国人も豪華メンバーが集結、同時期に開催された日本プロレスの「第13回ワールド・リーグ戦」と比べても遜色ない顔ぶれが集まりました。
参加外国人選手は第1、2回大会優勝者ビル・ロビンソン、カール・ゴッチ、モンスター・ロシモフ(アンドレ・ザ・ジャイアント)、シン・リーガン、ドクター・デス(スタン・ザ・ムース、ムース・モロウスキー)、バスター・マシューズ(ピエール・レ・グラン、ザ・カナディアン、ギルス・ポイゾン)、ジャック・クレイボーン、マグナ・クレメントに外国人留学生の黒潮太郎が母国トリニダードトバゴ代表で出場。日本側はサンダー杉山、グレート草津、ラッシャー木村。
ちなみに前シリーズ一時的に凱旋帰国したマイティ井上は再びヨーロッパに戻り不参加でした。
この年は予選リーグ戦をきちんと行い(当たり前だが)、第1回大会同様のバッドマーク・システム(減点法)を用いた偏波式総当たりリーグ戦形式、試合時間は30分1本勝負。今回は持ち点7(第1回大会は持ち点10から)でスタート、○勝ち、失点なし、△時間切れ引き分け、減点1点、▲時間内引き分け、減点1.5点、●負け、減点3で持ち点がなくなり次第失格。予選終了後、上位3選手による三つ巴の決勝リーグ戦を行うというルール。
折角豪華メンバーを集めても、持ち点が7点では2敗1時間切れ引き分けで失格となってしまい、公式戦の醍醐味をファンに存分に味わってもらえることは難しく、結局のところ、国際プロレスはどうせ上位に出てくる選手はほぼ決まっているのだからと、星勘定争いをマッチメイクしていくのが面倒臭かったのではないかと考えざるを得ないです。
第3戦の4月2日、横浜文化体育館(テレビ収録、観衆3,000人発表)ではマニア待望のロビンソンvsゴッチの夢の公式戦、イギリスはウィガンの「蛇の穴」ビリー・ライレージムの先輩後輩対決が組まれ、30分時間切れ引き分けとなりました。
4月20日、福岡九電記念体育館(テレビ収録、観衆5,600人満員発表)ではロビンソンと初来日の「欧州闇の帝王」と言われたリーガンの公式戦が実現、17分56秒、ロビンソンがエビ固めでフォール勝ち。メインイベントでは杉山がデスに金網デスマッチでKO勝ちを収めました。本来は前70年10月8日、大阪府立体育会館での日本初の金網デスマッチとなった木村とデスの遺恨再燃、デスの金網リベンジの予定でしたが、木村は右足骨折からの回復状況が思わしくなくシリーズを途中欠場しリーグ戦は棄権しました。
シリーズ後半には試合には出場していますが、木村は引退まで、右足骨折により足がウィークポイントとなっており、この時しっかり治療しておけば、齢を取ってから足腰への負担が軽くて済んだのではないかと思われます。やはり「昭和のレスラー」なのでしょう。
4月22日、北九州市小倉区三萩野体育館(観衆4,000人満員発表)大会。先の「AWAビッグ・ファイト」3月4日、杉山がビル・ミラーに敗れてIWA世界ヘビー級王座を明け渡してから僅か1か月半、2シリーズ連続開催。TBSネット局の強い地盤とは言え首都圏とは人口密度が違い、開催頻度が偏るのもいかがなものかと。
小倉大会ではロビンソンとロシモフの非公式戦シングルマッチ45分3本勝負が実現し1−1から時間切れ引き分け。
4月22日、大阪府立体育会館(観衆4,500人発表)ではロビンソンとゴッチが非公式戦シングルマッチ45分3本勝負で今シリーズ2度目の対戦、1−1から時間切れ引き分けとなりました。
4月27日、愛知県体育館は7,500人満員発表の観客を動員、公式戦に先駆けてゴッチとロシモフが非公式戦シングルマッチ45分3本勝負で対戦、1本目は21分11秒、ロシモフが体固め、2本目は3分45秒、ゴッチの反則勝ち、決勝の3本目は2分27秒、ゴッチが218cm、180kg(当時)のロシモフの巨体をジャーマン・スープレックスホールドでフォール。2−1でゴッチが反則含みながらロシモフを撃破しています。
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