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2022年01月10日07:29

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ストロング小林さん追悼(4)

TBS体制になって初の68年1月3日、日大講堂でのルー・テーズに国際プロレス期待のエース、グレート草津が挑戦したTWWA世界ヘビー級選手権試合は、1本目に草津がテーズのバックドロップを食らってフォール負け。そのダメージから失神、2本目は試合放棄となる惨敗に終わり、この模様が全国ネットで放送されたことも手伝って、まさに試練の船出になってしましいました。

当初考えられていた「草津をテレビ生中継で4週連続挑戦させる」プランは水泡に帰し、国際プロレスは軌道修正を余儀なくされました。

シリーズ第2戦の1月5日、北九州市小倉区三萩野体育館で小林省三は「地獄の料理人」、シュミット式バックブリーカーの元祖、ハンス・シュミットとシングルマッチで対戦、30分時間切れ引き分けという値千金のドロー試合を行っています。

このシリーズのシュミットは後半に豊登、木村政雄(ラッシャー)らに敗れるなど扱いが悪く、本領発揮には至っていませんが、これより7年半後の75年新日本プロレス「サマー・ファイト・シリーズ」で小林はシュミットにこっぴどく仕返しをされる訳ですが、これはまた順を追って書いていこうと思います。

第3戦、1月7日、長崎市公会堂で小林はダニー・ホッジに15分10秒、アバラ折り(コブラツイスト)でギブアップ負けを喫し、デビュー後初黒星となりましたが、これは相手がホッジだけに当然の結果と言えます。

次の第4戦、1月8日、鹿児島県立体育館で早くも小林は初メインイベントに抜擢されました。豊登&サンダー杉山と組んでワルドー・フォン・エリック&ブルドッグ・ブラワー&シュミット組と6人タッグマッチで対戦。1本目は9分30秒、杉山がシュミットを体固め、2本目は9分53秒、シュミットが杉山をシュミット式バックブリーカーから体固め。決勝の3本目は7分、ブラワーのカナディアン・バックブリーカーの前に小林がギブアップ負けとなり、2−1で日本組が敗れましたが、会社とテレビ局にプッシュされていたことが理解出来ます。

1月3日、日大講堂でテーズに失神KO負けをしてしまった草津は、この日セミファイナルでテーズとシングルマッチ45分3本勝負で対戦、1本目12分14秒、2本目3分24秒、いずれも体固めで哀れにも2回連続ストレート負けで完膚なきまでに返り討ちに遭ってしまいました。これで草津の国際プロレスでのシングルエースの芽はほぼ完全になくなりました。

TBS「TWWAプロレス中継」第2週の1月10日、大分県営体育館(観衆4,000人満員発表)では元64年東京五輪アマレスグレコローマンスタイル日本代表の杉山がテーズに挑戦。1本目は10分19秒、テーズがフライング・ボディシザースドロップ(空中胴絞め落とし)から体固め、2本目は3分20秒に杉山が体固め。決勝の3本目は3分21秒、テーズがバックドロップから体固め。2−1でテーズが防衛に成功。

杉山は草津とほぼ同時期入門、中アンコ型のずんぐりした体格で手足も短く、スター性に関しては今ひとつでしたが、テーズが新人の域を出ていない杉山に1本取らせたのは、オリンピックボーイであることに対するリスペクトの念が込められていたからだと考えられます。

テレビ生中継3週目、1月17日、仙台・宮城県スポーツセンター(観衆5,000人満員発表)では元日本プロレス時代のエース、元WWA世界ヘビー級王者、豊登が挑戦。実績は草津、杉山に比べて申し分ありませんでしたが東京プロレス旗揚げからメインイベンターの座は猪木に譲り自分は二番手のポジションにおりました。豊登36歳、テーズ51と年齢差は15歳あるものの、コンディションではテーズの方が上…。

1本目は9分12秒に豊登がベアハッグでテーズをギブアップさせて先制。2本目は1分31秒、テーズのパイルドライバー(ドリルアホール式ではなく、固めないパワーボムの原型、別名リバーススラム)から体固め。脳天から真っ逆さまに叩きつけられた豊登は失神し、3本目は試合放棄でテーズが2−1で勝って王座防衛を果たしました。

この日小林はシュミットとシングルマッチで対戦、6分32秒に反則勝ちを収めています。

また、この日の仙台大会に大木金太郎が来場しています。大木は力道山死後、日本プロレスから「世界または世界に準ずるタイトルを獲得した暁には力道山を襲名させてやる」と約束を取り付け、前67年4月29日、韓国・ソウル市奨忠体育館でマーク・ルーインを破り、力道山に次ぐ2人目の東洋人WWA世界ヘビー級王者(マイク・デビアス=テッドの父に敗れ転落)となりましたが、約束は反故にされ、また同じ半島の同胞だった力道山がいなくなってからは日本プロレス幹部は冷たくなり、猪木の復帰もあり、居場所がなくなったと感じていました。

そんな中、ロサンゼルス時代から旧知の仲にあったグレート東郷は大木の状況を見極め、国際プロレスへ引き抜くよう工作。大木は日本プロレスの巡業を無断で離れ、単身仙台へ。この日の生中継でリングに登場し、アメリカ武者修行中に手酷く痛めつけられたテーズに挑戦という手筈になっていました。

大木の行動は直ぐに日本プロレスの知るところとなり、後援していたスポーツ紙と韓国系の「ある筋」(反社会的勢力)が強硬に圧力をかけたことで大木の国際プロレス入団は直前でなくなりました。

「散々外国人レスラーのギャラをピンハネしておいて、ウチ(日本プロレス)から手切れ金まで受け取って『日本とは絶縁する』と約束しておきながら、東郷の野郎、許さん!」

と日本プロレスのレフェリー、ユセフ・トルコが武闘派の松岡巌鉄を連れて翌1月18日夜、東郷の宿泊先である東京・紀尾井町のホテルニューオータニの部屋を襲撃し、東郷に暴行を加えています。ホテル側が警察に通報したことで警官隊が駆けつけ、トルコ、松岡は逮捕・拘留されましたが、日本プロレスの芳の里代表、吉村道明専務はTBSと吉原功社長に深謝。東郷も被害届を出さなかったことで「レスラー同士の喧嘩」ということで収まりがつきました。大木は普通に日本プロレスに復帰しています。

当該事件を伝えた新聞は「レフェリーより弱かった世紀の悪玉」と皮肉な見出しでこの事件を報じました。
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