『レディ・バード』
とてもグレタ・ガーウィグがつくったかのような映画だ。彼女が監督した作品だからそうではあるのだが。役者で出てるときはイメージでしかなく本人ではないのだけれど、フランシス・ハの彼女や20センチュリー・ウーマンの彼女がまるでつくったかのような、まんまイメージの作品である。シアーシャ・ローナンの弾け方、まんまグレタであるが、モンタージュもカドラージュもデクパージュもイメージ、グレタである。ラストその帰着点、住み出した時期であるとこだから納得、そしてジンとくる。その土地に住んだばかりだと、かつて住んでいた場所の良さも分かってくるものだけれど、それもさつき病を克服すれば、今住んでいる場所に馴染んできて、郷愁もなくなりつつ、その場所の住人となっていくであろう。だからこそ、あそこの時期でラストを迎えること納得となる。いわゆる通過儀礼的な青春寓話だけれど、でもリアル。役者たちのアクトが説得力あってよかった。人気あるティモシー・シャラメは初見で、いかにもなそんな感じの役だけれど、そんな感じというのがいなさそうでいそうでいなさそうという、まさにイメージとしてその存在をアピールしている。マンチェスター・バイ・ザ・シーやスリー・ビルボードの自然さに比すれば、今回は存在感だしてアクターしているルーカス・ヘッジズであるが、今回はその存在感がいい感じ。自分を消すこともアピールすることもどちらもできるのかな、このヒト。父親役のアクターがいい味出していて、観終わってすぐにメイキング見ると、父親役のときの穏やかな口調と違って、キレがある喋り方。戯曲家でもある、とグレタからの報告もあり、後でチェックすると『8月の家族たち』でピューリッツァー賞を獲った方なのか、と知る。パチーノもデニーロもインタビューなどで本人であるときも見ていても、これほどまでに演じた役と本人のギャップを感じたことはなかった。エンディングに流れるブライオンの音楽、鬱がある明るさ、彼らしい音楽、でもって作品にフィットしていてよかった。こうした感覚はやはり日本にはないよね。
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