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2020年05月18日12:10

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ザ・マスター



『ザ・マスター』
エターナル・ラヴだけではなくPTA、常軌を逸するものが常に彼には表される。この作品を観て改めて気付かせられる。スコセッシとアルトマンからの遺産か。こうした狂気めいたものはアシュビーにはないものである。現実にあるようで、実際にあるのだろうけれど、ここでのあくまでも映画的なリアル、スコセッシとアルトマンが描けたものであり、ポール・トーマス・アンダーソンがそれを現代に描き切れる。ゼア・ウィル・ビー・ブラッドはジョン・ヒューストンやワイラーがもはや描ききったものに思え新鮮味が湧かないものなのだけれど、この作品はカルトという今日的テーマはあっても、今一つ掴めない作品でありそれゆえ引きずるものある。いつもこの作品を観ると、メソッドとマイズナーは全く違うものだけれど、とにかくなにか、演技のワークショップを見てるような感覚になる。マスターが主人公に壁になにを感じるか、窓になにを感じるか、というところが引きずってしまう。なにか今ひとつ掴めない作品であるが、やはり二人の男性のバディもの的なとこが大きなファクターである。まだオスカーとるかどうか分からないが、フェニックス、ホフマン、それにオスカー受賞の先輩となったラミ・マレックの揃い踏みである。ここのところフェニックス主演のを観てるけど、オスカーまだにしても、やはりこの人凄いな、となる。スパイク・ジョーンズのではジャック・レモンかトム・ハンクスのようなキャラなのに、この作品でのテンション、おそろしくある。モンゴメリー・クリフトの脆さと弱さ、そこにワイルドさを加味してるかのようなキャラ(決してモンティの弱さや脆さとマーロン・ブランドの野生と脆さがかけ合わさったものなのではない。そうしたキャラはメソッドの先輩であり50年代のスターであるこのふたりを意識的に取り入れ模倣してスターになったディーンであり、フェニックスが表しているものは、その苦悩の表情も含めて、モンティ受け継いでいるものが強い)が素晴らしい。陰影ある彼の表情に相対するホフマンにも改めて凄さ感じるものある。最初観たときはそうした意識はなかったけれど、今回はフェニックスのカメレオンぶりに目がいったせいか、その二つの存在に目が見張った。PTAがデイ=ルイスを迎えるのも、或いはデイ=ルイスがPTAと仕事をしたがるのも、なにか今回分かった。なるほどファントム・スレッド。








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