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2019年03月15日06:49

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ジャンボ鶴田怪物伝説(460)

今回の全日本プロレスと新日本プロレス興行(以下新日本興行)の業務提携に関しては馬場の方から大塚社長にアプローチしたと言います。

「石橋を叩くだけで渡らない」、「慎重居士」と言われ続けた馬場が4月のUWF旗揚げオープニング・シリーズの外国人レスラーブッキングに続き、新日本プロレスイズム、猪木イズム、新間イズムの塊のような営業軍団、新日本興行を受け入れたのか?

全日本プロレスの営業面が弱いというのは事実でしょう。76年以降、私は全日本プロレスと新日本プロレスの試合会場両方に行くようになりましたが、当時は銀座プレイガイド始め、各プレイガイドにチケットを置いて委託販売するスタイルが中心で今のようにコンビニ発券システムなどありませんし、チケット販売はプレイガイド委託と営業マンの手売りが主体。プロレスラー個人がチケットを手売りすることなど先ずありません。

その中でグッズ売店でいち早く次回東京大会のチケットを発売していたのは新日本プロレスが先ですし、全日本プロレスの大会の終了後に会場の外に宣伝カーを乗り付け、マイクで「全日本プロレスをご観戦の皆様、次回○月✕に日、新日本プロレスの蔵前国技館大会がございます」とメガホンでガンガン宣伝していたのも新日本プロレスの営業軍団でした。

馬場はそういうエゲツないというか泥臭いやり方は好まず、全日本プロレスのフロントも米沢良蔵部長、大峡正男部長ら穏健派の性格の人が多く「チケットを必死になって売る」という組織ではなかった感じでした。

そこへ大塚社長が参入、全日本プロレスのフロントからみれば1プロモーターに過ぎませんが、新日本興行がチケットを必死に売って業績を上げれば彼等は不要ということになり、古参のフロントは面白い訳がありません。

豪華外国人を毎回毎回集めて高いコストがかかる全日本プロレスが興行ではなかなか新日本プロレスに勝つことが出来ない。最も、馬場自身が「武家の商法」みたいな性格でスポンサー筋の接待にも出ない人物だったので少なくともフロントが弱いだけではないでしょう。

新日本興行の導入の狙いは「新日本プロレス内部の不信感を高め、内部分裂をさらに促進させること」でした。今35年経っていますから、UWF設立の経緯も色んなことがわかって来ていますが、当時は新日本プロレスの選手、フロントも情報が限られ、受け取り方は人それぞれでお互いに疑心暗鬼になっていたことは容易に考えつきます。対人不信が対人不信を呼び新日本プロレスの人間関係はもはや滅茶苦茶…。

この流れは平成になってからも続き、00年に新日本プロレスを解雇された橋本真也がゼロワン設立、02年に武藤敬司が全日本プロレスへ移籍、同年長州力、佐々木健介が退団し翌03年WJ旗揚げと主要選手が退団。新日本プロレスは求心力を失い、暗黒時代へと突入しています。まさに「歴史は繰り返す」

離脱したレスラーや退職したフロントと親しい選手やフロントも多数いました。馬場は大塚社長が新日本プロレスので中にもシンパが多数いることは承知しており、全日本プロレスと新日本興行が業務提携し、新日本プロレスが何も反発がない訳がないことも熟知していたでしょう。

馬場は新日本プロレス分裂のトリガを自ら引いた形になりました。当時全日本プロレスは松根光雄社長体制の元、馬場は会長職に棚上げされており、日本テレビ主導で経営が為されていました。松根社長、日本テレビに対し自らのプロモーターとしての実力を知らしめる為の仕掛けであったと思います。
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