新日本プロレス夏の陣86年「バーニングスピリット・イン・サマー」は7月4日、後楽園ホール(テレビ生中継、観衆1,820人満員発表)で開幕。
「バーニングスピリット」のシリーズ名の由来となったブルーザー・ブロディは新日本のリングから姿を消してしまいましたが、シリーズの名称は残りました。
2月に予定されていた初来日がスケジュールの都合で延期となったスティーブ・ウイリアムスが待望の参戦。バッドニュース・アレン、ハックソー・ヒギンズ、ジョニー・マンテルに加え、新日本プロレス初参戦となる流血怪人アレックス・スミルノフが来日。
またケンドー・ナガサキとミスター・ポーゴが前85年のIWGPタッグ・リーグ戦以来半年ぶりにヒールサイドから参戦しています。
開幕戦のメインイベントは猪木、坂口にヘビー級に転向した「褐色戦士」ジョージ高野がトリオを結成、Sウイリアムス、ヒギンズ、Jマンテル組と対戦。11分17秒、Sウイリアムスがオクラホマ・スタンビートから坂口を体固めに決めて初来日第1戦を勝利で飾り、インパクトを残しています。
セミファイナルでは6月12日、大阪城ホールでの前田日明戦で頭部裂傷を負い欠場していた藤波が復帰、星野勘太郎と組んでナガサキ、ポーゴ組と対戦、11分41秒、ナガサキがドリルアホール・パイルドライバーからの体固めで星野を破っています。ナガサキ、ポーゴ組は7月25日、秋田県立体育館で藤波、木村健吾組のIWGPタッグ王座に挑戦が決まっていました。
セミ前の木村健、上田馬之助組vs前田、藤原喜明組は10分20秒に木村健と前田が両者フェンスアウトとなり、タッグなが6月20日、京都府立体育館での佐川急便杯争奪トーナメントと同じ結末になってしまいました。
開幕戦の後楽園ホール大会に大相撲を廃棄した元幕下力士でカナダ人の元琴天山ことジョン・テンタ(当時23歳)が姿を現し試合を観戦、試合前には猪木とのツーショット写真の撮影に応じました。
テンタがプロレス入りの意向を持っていたのは明らかで、翌7月5日にも全日本プロレスの後楽園ホール大会を視察。結果的には自分を活かしやすい場所として全日本プロレスに入団することになります。
新日本プロレスは猪木が以前、「相撲出身者は腹が出ている、腹の出ている選手はウチのリングには相応しくない」と公言していた時期がありましたので、天龍初め大相撲からの転向組が多く在籍し、直近では元横綱の輪島大士が入団したこともあり、全日本プロレスの方が安心して身を任せられたと思います。
7月11日、春日井市総合体育館(テレビ生中継、観衆4,270人満員発表)では、メインイベントで猪木、藤波組がSウイリアムス、スミルノフ組と対戦、Sウイリアムスが勢い余って藤波を場外フェンス越しに投げてしまい、7分48秒、日本組の反則勝ち。藤波はSウイリアムスに対し、「荒削りだけど力の強い選手、是非シングルでは対戦してみたい」と好感触を得たコメントをしています。
セミファイナルでは木村健、G高野組と前田、木戸修組が対戦。かつての同期、(G高野再デビュー時)新日本道場、合宿所で凌ぎを削り、前座の黄金カードとして何回も対戦したG高野と前田が久しぶりにテレビマッチのセミという舞台で対戦。
17分32秒、前田がG高野にフェンスアウトによる反則勝ちでUWF軍の勝利に終わりました。
G高野は「前田は身体が大きくなり、蹴りも重たかった。後10Kg位体重を増やしたい。」と語り、前田は「ジョージは長い手足を生かしきれてない。動きがバラバラ、試合にリズム感がない。」と厳しい指摘をしています。
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