79年1月26日、岡山武道館で坂口はジョニー・パワーズのNWF北米ヘビー級王座に挑戦。
北米ヘビー級王座の出土、変遷については私の過去作品「新日本プロレス北米選手権考察」に詳細に書いてありますのでそちらをご参照頂くと幸甚です。
いずれにしてもパワーズはこの時点ではノースカロライナでマーケティングリサーチの仕事をしていたと言われ、セミリタイア状態にあり、認定団体のNWFも活動停止していました。
この試合のテレビのテロップでは「NWF、WWWF北米ヘビー級選手権試合」と流されていますが、少なくともWWWFがパワーズの北米ヘビー級王座を認定した事実はなく、新日本プロレス側のワンサイドによる発信かと思われます。
これまで坂口は反則勝ち、リングアウト勝ち(75年8月27日、田園コロシアム大会、左膝蜂窩織炎の為長期欠場となった猪木に代わって対戦)以外でパワーズに勝ったことはなく、直近では77年3月4日、高崎市体育館での第4回ワールド・リーグ戦開幕戦で公式戦で対戦。12分19秒、パワーズロック(足8の字固め)にギブアップ負けしています。
この試合から坂口の入場の時にオリジナルテーマ「燃えよ荒鷲」(淡海悟郎作曲、ミノタウロス演奏)が使われています。
77年2月に全日本プロレスに来日したミル・マスカラスが「スカイハイ」(ジグソー)を入場テーマ曲に使い、これが爆発的ヒット、8月にはオリコン洋楽チャートで1位を獲得。
日本テレビ、全日本プロレスの元、版権を所有していたテイチクは味を占めて鶴田のテーマ「チャイニーズ・カン・フー」(バンザイ)、ビル・ロビンソンのテーマ「ブルー・アイド・ソウル」(カール・ダグラス)等単なるディスコサウンドをプロレステーマ曲として再生して世に出しヒットさせていました。
新日本プロレスでは猪木の「炎のファイター」(アントニオ猪木とザ・ファイターズ)、藤波の「ドラゴン・スープレックス」(JOE)が既に発売済で人気を博していた他、
78年8月のゴールデン・ファイト・シリーズの参加に合わせて上田馬之助に「地獄へ墜ちろ!」(マッドマン・エクスプレス)にテーマ曲がつきました。
「プロレステーマ曲は美味しいビジネス」と踏んだか、79年に入ってからキングレコードが参入。その時期に登場したのがこの燃えよ荒鷲でした。
レコード発売は同年4月で、B面には当時としては音源発売が待望だったワールドプロレスリングのテーマ(新日本になってからの初代、青山一郎作曲)が収録されています。
キングはプロレステーマに関しては全方位外交で、馬場のテーマ曲として「チャンピオン」(JJスタンリー、馬場の入場に使われることはなかった)、阿修羅・原のテーマ「阿修羅」(淡海悟郎作曲、ミノタウロス演奏)を同時リリース。
8月には新日本、全日本、国際の男子3団体を集めたアルバム「プロレススーパーファイターのテーマ」をリリースしましたが劣悪なカバーばかりでした。
さて、試合はパワーズが足殺しで坂口を痛め付け、足8の字固めを決めましたがギブアップせず。20分1秒、デッドリードライブ、フライング・ニードロップからの体固めでフォール勝ち。王座獲得に成功しています。
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