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2018年01月28日23:38

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ファンタジープロレスの巨匠桜井康雄さん追悼(266)

ミル・マスカラスがもし国際プロレスに参戦していたらどうなっていたか?と昨日マイミクさんがコメントを下さったので私なりに桜井さんには遠く及びませんがファンタジー頭を駆使して考察していきたいと思います。

どの位の期間吉原社長がマスカラスのレンタル参戦をリクエストしていたかは不明ですが、全日本プロレスのサマー・アクション・シリーズ2が4週間シリーズであり、前々回書きましたが、テレビ中継のあった9月25日、高岡市民体育館、10月4日、札幌中島スポーツセンターあたりまでは出場して欲しかったと思います。

全日本からの通算日本滞在日数を考えると1週間が限界だったかと考えます。

なので九州サーキットには参加出来たと思います。ラッシャー木村と金網デスマッチをやる訳にもいかず、日本側で相手になるのはマイティ井上、寺西勇、メキシコ遠征の経験のある鶴見五郎等が中心になるでしょう。

後は正統派外国人として68年に国際プロレスに初来日した時期のビル・ロビンソンのようにベビーフェイスとして日本側に周り、M井上、寺西らと組んでキース・ハート、ダニー・バビッチ、レッド・デビルス1&2号などとタッグもしくは6人タッグて対戦。

このシリーズ、エース格の外国人は初来日のデビット・シュルツ、リップ・タイラーであり、この2人をマスカラスがR木村より先にフォール勝ちしてもまずいと思います。

また、いささか話は飛躍しますがマスカラスはR木村の保持する国際プロレスの看板タイトル、IWA世界ヘビー級王座と同名の王座を保持しており、日程とギャラ次第では「IWAの防衛戦をやらせろ」とタイトル戦を要求することも考えられますが、吉原社長は同名王座の開催は受けなかったでしょう。

このように色々考えられますがマスカラスの性格的にキャップをかけてしまうとあまり国際にメリットはなかったのかなぁ、という感じはします。

吉原社長が激怒した、大概の屈辱には耐性のある吉原社長が「マスカラスのレンタル参戦を申し入れて激怒」はホントかなぁ…という気もしなくもないですが、マスコミには出なくても、興行を買ってくれるプロモーターには話してあったと思います。

マスカラス参戦で売り興行の値段を上げて交渉し、不参加となったことで興行のキャンセルやダンピングがあり、信用失墜してしまった、だから怒った、と考えます。

マスカラスが来なかったことで、78年ダイナマイト・シリーズには8年ぶりに猛牛オックス・ベーカーが中盤から特別参加。

70年12月12日、台東体育館で行われたR木村とベーカーの東京初の金網デスマッチはR木村が勝ったものの、ベーカーのセコンド、ボブ・ウィンダム(ブラックジャック・マリガン)が金網の中に入れた椅子でベーカーに足を攻撃されたR木村は足を骨折してしまうという因縁がありました。

9月25日、高岡でR木村に挑戦する予定だったRIタイラーが足を負傷し欠場。挑戦出来なくなり(途中帰国)、ベーカーとR木村の「デスマッチ三番勝負」がシリーズの売りになりました。

高岡(IWA世界王座戦)は金網デスマッチでR木村の勝ち、10月4日、札幌でのチェーン・デスマッチ(ノンタイトル)はベーカーの勝ち。ちなみに金網ではないですが、国際のリングでデスマッチ、という試合形式でR木村が負けたのはベーカーだけです。

シリーズ最終戦10月13日、常陸太田市民体育館ではテキサスデスマッチ(IWA世界王座戦)はR木村の勝利で、R木村が2勝1敗で勝ち越しました。

やはり、国際のリングにはマスカラスよりベーカーの方が似合っています。
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