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2017年05月09日22:22

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ファンタジープロレスの巨匠桜井康雄さん追悼(26)

76年6月16日、決戦10日前、モハメド・アリがついに来日。東京国際空港(羽田)に降り立ったアリはマネージャーのフレッド・ブラッシーと共に報道陣の前に姿を現し拳をあげて威嚇しながら登場。

試合の為に来日したのは72年9月1日、日本武道館でのマックス・フォスター戦(この時は世界ヘビー級王座から転落していて無冠、ノンタイトル戦でアリの判定勝ち)以来のことです。

相手が日本人プロレスラー、猪木とあってヒールに徹しているアリのパフォーマンスは憎々しげであり、そのあたりのクレバーさも並のボクサーとは違い過ぎました。

空港のVIPルームで会見に臨んだアリは両手の指を8本突き出し、「8ラウンドだ、8ラウンドまでに猪木をKOする」とアピールしています。

本当にアリが新日本プロレスの招きで日本のリングに登場し、関係者は一安心といったところでしょう。

アリの600万ドル超と言われる破格のファイトマネーを捻出するにあたり、新間寿営業本部長は資金調達に奔走、試合を放送するNET(テレビ朝日)は勿論、関係各位に頭を下げて回りました。

桜井さんが亡くなられた際、新間は「あの時(アリ戦)は桜井さんが自分の退職金を担保に東スポと掛け合ってくれて3000万円を東スポから出して頂いた。桜井さんのご尽力がなければアリ戦は実現しなかった。」

とコメントしていますが当時の東スポは経営危機から右翼の大物、ロッキード事件に関与した人物として知られる児玉譽志雄に会社を買い取ってもらい3年半位しか経っておらず、直後に訪れたオイルショックの影響による紙の高騰の影響もあり、まだまだ財政事情が裕福とは言えませんでした。

社屋も東京都中央区築地3丁目の日刊スポーツ新聞社の本社ビルを間借りしていました。

社を上げてアリvs猪木戦を後援していた東スポの井上博社長は大会の主催者に名を連ねることで3000万円を新日本プロレスに対して拠出する英断を下しました。

チケット料金の価格設定もまさに別格で、ロイヤルシート(プレイガイドでの発売なし)が300000円、特別リングサイドが100000円、一番安い2階指定席Dが5000円と庶民には手が届き辛い金額でした。

試合はアメリカにおけるクローズド・サーキット(有料による衛星生中継)の行われる現地時間の6月25日夜に合わせて行われる為、日本時間の6月26日土曜日、午前10時30分に前座試合開始、メインイベントのアリvs猪木戦は午前11時50分開始予定。

当時は週休2日制というのはまだまだ浸透しておらず、土曜日は「半ドン」と言われて学生、会社員共に昼までは授業、仕事が普通に行われていました。

当時中学校1年生だった私は何とかこの試合を会場で観戦致したく、5000円の一番安い席のチケットを買って欲しい、と父親にねだりましたが、

「5000円なんてとんでもない、学校はどうするんだ!?」

と聞かれ「休む」と言ったら激怒され、「学校へはちゃんと行け!テレビで見なさい、武道館なんて2階の上からなんて小さくて何やってるかわからない。」と拒絶されました。

私の初プロレス観戦はこの後の同年8月5日、蔵前国技館でのアジア・リーグ戦最終戦でしたから、夏休みだったのと、この時アリvs猪木戦を見たい、と言って断ったことの影響も多少はあったか、小中学生無料の興行でしたが、父親は鳩居堂プレイガイドで2000円のチケットを買ってきてくれました。
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