73年に入るとノーテレビで苦境に立っていた猪木の新日本プロレスと猪木に次いで馬場も退団し日本テレビが放送打ち切り、坂口、大木金太郎が繰り上げエースとなりNETの1局放送になった結果、観客とテレビ視聴率の減少に歯止めがかからなくなった日本プロレスとの合併話が持ち上がりました。
日本プロレス社長の芳の里は合併が成立したら身を引くつもりでいましたが韓国に帰っていた大木が強行に反対し合併の話はなくなりました。
坂口は小沢正志(キラー・カーン)、木村聖裔(健吾)、大城勤(大五郎)を連れて日本プロレスを飛び出て新日本プロレスに合流、NETは日本プロレスを見限り4月から新日本の放送に鞍替えしています。
4月20日、群馬県吉井町体育館での興行を最後に日本プロレスは活動停止しました。
ここで日本プロレスの取締役だったダラ幹、悪代官の異名を持つ遠藤幸吉が日本プロレス時代同様、NETの新日本の解説者に引き続き収まる見返りとして親交のあったロサンゼルスのプロモーター、マイク・ラーベルを新日本へ仲介。
カール・ゴッチ以外の外国人ルートが出来ました。有名どころは相変わらず馬場に押さえられていましたが、無名のインド人レスラー、タイガー・ジェット・シンがシンガポール在住の吉田という貿易商を介して売込があり、5月に来日。
テレビ放送がついたことで余裕が出来たか、シンガポールのスティーブ・リッカードやカナダのジョニー・ルージョーからも選手をブッキング可能となり、旗揚げ1年で外国人メンバーのゴッチ色は薄まっていきました。
この年10月14日、蔵前国技館ではゴッチは前年新日本にレフェリーとして呼ばれ、猪木とゴッチの試合に刺激を受けて57歳でカムバックしたルー・テーズと組んで猪木、坂口組と「世界最強タッグ戦」で対戦。
テーズと坂口が1本ずつ取り合った決勝の3本目、猪木の回転足折り固め(ジャパニーズ・レッグロールクラッチ)に初めてフォールを許しました。
74年は2月に国際プロレスを退団したストロング小林と猪木の壮絶な名勝負で新日本プロレスが大躍進を果たした年でした。
国際プロレスでモンスター・ロシモフとして活躍していたアンドレ・ザ・ジャイアントがニューヨークのビンス・マクマホン・シニアによって新日本にブッキングされて来日を果たしました。
日本プロレスが崩壊したことで4月にはワールド・リーグ戦を開催、決勝リーグでは初の日本人外国人総当りリーグが実現しました。
5月8日、東京体育館での優勝決定戦には立会人としてビンス・シニア自身が来日。(猪木がキラー・カール・クラップを弓矢固めで破り優勝)新日本とWWWFの提携も本格的にスタートしていくことになります。
この年ゴッチはサマー・ファイト・シリーズ後半戦に特別参加。8月1日、大阪府立体育会館と8日、日大講堂で猪木との「実力世界一決定戦」二番勝負が組まれました。
大阪では猪木がエビ固めで先勝。日大講堂での2戦目はエキサイトした猪木がレフェリーのテーズをボディスラムで投げようとする暴挙に出たところを冷静に見ていたゴッチがエビ固めに丸め込んでのフォール勝ちで1勝1敗に終わりました。(共に試合時間は21分59秒)
暮れに新日本プロレスは猪木が少年時代を過ごしたブラジル遠征シリーズを敢行、ゴッチもメンバーの中にいました。12月15日にはサンパウロ・コリンチャン・スタジアムで猪木vsアンドレのNWF世界ヘビー級選手権試合が行われて両者リングアウト。
12月19日には北伯のロンドリーナ・モリンゴン・スタジアムで猪木、坂口組がアンドレ、トニー・チャールス組を降し北米タッグ王座を防衛しています。
ゴッチが現役としてリングに上がったのは82年1月のエキシビション2試合を除けばこの年が事実上最後でした。
翌75年からはゴッチの新日本プロレス内での立ち位置が変化していくことになります。
2月、前年6月26日、大阪府立体育会館でのNWF世界ヘビー級選手権試合、猪木はシンの左腕を骨折させる(実際にはない、後から亜脱臼か?と修正が入る)というアクシデントでダーティファイトのシンを国外永久追放としました。
NWF本部では、次期挑戦者にシンを指名して来ましたが、猪木はシンのダーティな試合ぶりは挑戦者としての資格に欠ける、とこれを拒否。
NWFはチャンピオンの猪木は本部命令に従いシンの挑戦を受けろと譲らず、怒った猪木はニューヨーク州バファローにあるNWF本部に乗り込んでベルトを返上しました。
猪木のベルト返上の責任を取り、デビット・ヘルマン会長(ディック・フェラルドマンと書かれている文献が多い)が辞任、ジェリー・アラン・プラター会長代行は猪木の師匠であるゴッチを特使として日本に派遣、ゴッチは猪木を説得にあたりました。
結果、猪木はゴッチの説得に一部応じ、筋を通してベルトは返上はするが、改めてシンと王座決定戦二番勝負(3月13日広島県立体育館、20日蔵前国技館)を行うことで合意に至りました。
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