日本プロレスリングコミッショナーの裁定により、新日本プロレスへの吸収合併の話が持ち上がったUWFですが、84年5月21日には団体の実質的創業者の新間寿会長が記者会見を行いました。
新間は「猪木に(UWFに来るための)支度金として5000万円近い金を渡した。しかし、猪木はUWFに来なかったばかりか返済もしていない」と爆弾発言、UWFに猪木を連れて来ることが出来なかった責任を取って新間はプロレス界から引退を表明しました。
この5000万円近い、という数字は新間が浦田昇社長から「猪木をUWFに呼ぶ為に資金が必要」として借りた2500万円も入っていると思われますが、
いずれにしろ新間はお金を受け取って猪木に渡しておきながら浦田社長に対して結果的に約束を反故にした形になり、浦田社長との間に亀裂が生じUWFに関わることが出来なくなっての引退発表でした。
オープニング・シリーズを終えた前田日明は5月21日、ニューヨーク・MSGでのWWF定期戦に再び出場。新日本のリングでお馴染みだったレネ・グレイの挑戦を受けてWWFインターナショナル・ヘビー級王座の初防衛戦を行っています。
試合はグレイのブレーンクローに苦しめられた前田がフライング・ニールキック一発で9分15秒、体固めで勝利を収め初防衛に成功しています。
この日の定期戦には新日本から一時帰国したばかりのハルク・ホーガンが2月20日以来3か月ぶりのMSG登場。
ビンスとホーガンの全米制圧の野望により本拠地のMSGに3、4月はホーガンが出ないという事態が起きています。
ちなみに1回前の4月23日のMSG定期戦では元WWFヘビー級王者ボブ・バックランドがグレッグ・バレンタインを回転エビ固めに破り、正義の軍曹サージェント・スローターと悪のイラン人前WWFヘビー級王者アイアン・シークが激突、Iシークの反則負けとなっています。
我らのヒーロー、ホーガンの出場に22000人の大観衆は熱狂、ホーガンはデビット・シュルツを僅か3分11秒、アックスボンバーからの体固めで撃破、WWF世界ヘビー級王座を防衛。
インターコンチネンタル王者ティト・サンタナはポール・オーンドーフにリングアウト負けしましたがルールによりベルトの移動はなし。
ジミー・スヌーカはグレッグ・バレンタインに反則勝ちを収めました。
新間は退陣にあたってUWFを全日本プロレスとも結びつけようと画策していたのはやはり事実のようでした。
新間は新日本とも話し合いを進めながらも全日本とも交渉していたのです。
以前に書いた通り、4月4日、全日本の岡山武道館大会にわざわざ猪木が馬場を訪問、極秘会談が行われていますし、オープニング・シリーズのアメリカ人レスラーは馬場がブッキングしたことは猪木も承知しており、猪木は馬場にUWFの選手達を全日本のリングに上げないよう頼みに行ったと考えるのが妥当です。
新間は何故このような二股交渉をしたのか?
新間はUWFの選手達を新日本へ戻す話が猪木によって阻止された時のことを考え、馬場にもアプローチしていたかと考えます。猪木が提携話を覆すのは十分に有り得る話で、猪木の性格を最も熟知していた新間ならではの駆け引きでした。何より選手が路頭に迷わない為に。
5月22日には、6月17日、後楽園ホールで開幕予定のUWFオープニング・シリーズ第2騨(シリーズの日程は発表されず)の参加外国人メンバーの発表がありました。
トミー・リッチ、ジャイアント・キマラ、キングコング・バンディ、キース・ラーソン(78年8月に1度だけ全日本に来日したドン・カヌードルの弟、別名ロッキー・カヌードル)、メキシコから前シリーズに続きエル・シグノ、エル・テハノ、ネグロ・ナバーロのロス・ミシオネロス・デ・ラ・ムエルテ、スペル・アストロ、スコルピオらの名前がラインナップされました。
リッチ、キマラ、バンディは明らかに全日系。キマラ、バンディとも当時はテキサス州ダラスのフリッツ・フォン・エリックのワールドクラス・レスリングで試合をしており、この時はまだ全日本とワールドクラスは交流がありました。
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