全日本プロレス82年悼尾を飾る暮れの祭典、世界最強タッグ決定リーグ戦は11月26日、後楽園ホールで開幕。
ディフェンディング・チャンピオンであるブルーザー・ブロディ、ジミー・スヌーカ組は仲間割れの為エントリーは当然ありませんでしたが、
タッグチームが固定しない新日本プロレスのタッグ・リーグ戦と比べて参加チームが安定していた「馬場存命中」の全日本の最強タッグで前年度優勝チームが出ないのは珍しく、この年と89年(スタン・ハンセン、テリー・ゴディ組)、90年(天龍、ハンセン組)の3回だけです。
参加チームは大本命とされたハンセン、ブロディ組の超獣(ミラクルパワー)コンビ、翌年テリーが引退を控え、最後の最強タッグ出場となるドリー・ファンク・ジュニア、テリー・ファンク組のザ・ファンクス、馬場、鶴田組、ハーリー・レイス、ディック・スレーター組、天龍、阿修羅・原組、リッキー・スティムボート、ジェイ・ヤングブラッド組、上田馬之助、スーパー・デストロイヤー組の7チーム。
ハンセンは8月のスーパー・パワー・シリーズ以来2か月ぶりの来日、年間7シリーズ(第10回チャンピオン・カーニバルとグランド・チャンピオン・シリーズは1シリーズとしてカウント)中、5回の来日となりました。
インターナショナル・ヘビー級王者ブロディは2シリーズ連続参戦。ブロディは年間3シリーズ参加でハンセンとブロディではテレビ視聴率、観客動員力で差があり、先に全日本に来ていたブロディは不快感を現しました。
馬場はこの点を配慮し、あくまで2人を同格と位置付け入場テーマ曲もハンセンの「サンライズ」とブロディの「移民の歌」の合体ヴァージョンを制作し会場使用し、選手コールも大会ごとに交互に入れ替える等の気配りを見せました。
ハンセンとブロディは同じウエストテキサス大学出身で若手時代にルイジアナ、オクラホマで苦楽を共にした盟友でありますが、年齢では3つ下で破格のギャラで新日本から引き抜かれて来たハンセンが気難し屋のブロディに対しては常に立てて行動していました。
ドリーも2シリーズ連続参戦、テリーは2か月ぶりの参戦でファンクスとしては4月のグランド・チャンピオン・シリーズ以来7か月ぶりの来日となりました。ファンクスは77年の世界オープン・タッグ選手権から6年連続のエントリーとなりましたが翌年テリーの引退でこれがファンクスとしては最後(になる予定だった)の参加となりました。
PWFヘビー級王者レイスは2シリーズ連続参戦、NWA世界ヘビー級王者の激務から解放されこの時期は頻繁に全日本にやって来ており、年間4シリーズに来日。円熟味のある安定した試合ぶりでファンに再評価されています。
レイスのパートナーにはこの日記で再三書いていますようにブロディと仲間割れしたスヌーカがエントリーされていましたが、WWFでのスケジュールを優先させて来日をキャンセルしています。
外国人レスラーの信頼度が日本で最も高い馬場の全日本はキャンセルが新日本、国際に比べて圧倒的に少なく、それがファンに対しての信用だっただけに7月のサマー・アクション・シリーズに次いでこの年2度目のキャンセルは馬場のプライドを傷つけ逆鱗に触れたのは間違いないところです。
レイスのパートナーには5月のエキサイト・シリーズ以来5か月ぶり来日となるスレーターが選ばれました。
リーグ戦に新風を吹き込むと期待されたのがノースカロライナでミッド・アトランティック版NWA世界タッグ王者チームになったリッキー、ヤングブラッド組。
共にスレーター同様エキサイト・シリーズ以来6か月ぶりの来日となりました。スヌーカが参加していれば、リッキーとの対戦が見られただけに残念でした。
上田はサマー・アクション・シリーズ以来約4か月ぶりの参加、スーパー・デストロイヤーの正体はスコット・アーウィンであり、80年10月にやはりマスクマンのジ・アステロイドとして初来日。2年1か月ぶり2度目の来日。
弟のビル・アーウィンは素顔で全日本に来ていますがスコットは素顔では来日の機会はありませんでした。
上田はタイガー・ジェット・シンとのコンビではありませんでしたが、シンは翌83年の新春ジャイアント・シリーズ、エキサイト・シリーズに連続参戦しているところから地方巡業用としてシンの参加を見送ったと思われます。
日本側はファンクス同様馬場、鶴田組が6年連続の参戦、天龍、原組は2年連続参戦となり、この年はアジア・タッグ王者チームの石川隆士、佐藤昭雄組、グレート小鹿、大熊元司組の極道コンビは参加見送りになっています。また、特別レフェリーとして全日本2度目の来日となる鉄人ルー・テーズも参加しています。
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