82年10月7日、大阪府立体育会館(テレビ収録)で鶴田がブルーザー・ブロディのインターナショナル・ヘビー級王座に初挑戦。
鶴田はこの時UNヘビー級王座をハーリー・レイスに奪われており、シングル無冠でした。
ブロディはワンハンド・ボディスラム、ドロップキックで攻めていきますが鶴田もジャンピング・ニーパットで反撃。
ブロディはダウンした鶴田にとどめのキングコング・ニードロップ、しかしこれは鶴田が寸でのところでかわして場外へエスケープ。
必殺のニードロップを外されて怒ったブロディは鶴田を場外まで追いかけていき乱闘に。20分18秒、両者リングアウトの引き分けとなり、ブロディが2度目の防衛に成功しています。
セミファイナルは馬場、天龍組がニコリ・ボルコフ、ラリー・ズビスコ組と対戦、天龍がズビスコを体固め。
阿修羅・原と大仁田の長崎県タッグが実現、チャボ・ゲレロ、ジプシー・ジョー組と両チームリングアウトの引き分け。ジョーはこのシリーズ、口髭を生やしての来日でした。
10月9日、高知県民体育館はノーテレビでしたが馬場、鶴田組にブロディ、ボルコフ組が挑戦したインターナショナル・タッグ選手権試合がメインで組まれました。
高知は元日本プロレスのリングアナウンサーだった小松敏夫氏がプロモーターをやっており、全日本も新日本も定期的に興行を開催してそれなりにいいカードを組んでおりました。
試合はボルコフが怪力を利して鶴田をリフトアップ、場外へ投げ捨てようとしたところ馬場がボルコフの顔面に16文キック。
バランスを崩して倒れたボルコフを鶴田がすかさずフォールの体制に。そこへブロディが上になった鶴田めがけてギロチンドロップ。
鶴田はこれを読んでいたかかわして、ブロディのギロチンは下になっていたボルコフに同士討ちで誤爆。
鶴田はロープに飛んでジャンピング・ニーパットをボルコフに決め、10分39秒、片エビ固めで勝利。馬場、鶴田組が16度目の防衛を果たしました。
セミでは天龍とドリーム・マシーンがシングルマッチ。ある意味注目だったこのカードは天龍が首固めでフォール勝ちを収めています。天龍も20日、青森でブロディのインターナショナル王座に初挑戦が決まっており、マシーンに不覚を取る訳にはいきません。
10月15日、磐田市体育館でのテレビ収録ではメインで馬場、原組がブロディ、ジョー組と対戦、ブロディがキングコング・ニードロップから原を体固め。
セミは鶴田がマシーンをバックドロップからの体固めで勝利。こちらも、マシーンの正体があの男であるならば、春のチャンピオン・カーニバルの公式戦で一度も実現していない好カードでしたが、試合はあっさり決まってしまいました。
このシリーズ、マシーンは何らストーリーラインに乗ることなく、アジア・タッグ挑戦の機会にも恵まれず無言のままひたすら試合をこなす毎日で、何の為にマスクマンとして帰って来たのかわからなかったです。
天龍はセミ前で仮想ブロディとも言えるボルコフにリングアウト勝ちで王座挑戦に弾みをつけました。
10月20日、青森県営体育館でのテレビ収録で、天龍がブロディのインターナショナル・ヘビー級王座に挑戦。
天龍にとって日本でのシングル王座挑戦は前年10月6日、仙台でリック・フレアーのNWA世界ヘビー級王座、2月4日、東京体育館でミル・マスカラスのIWA世界ヘビー級王座に挑戦しておりこれが3度目。
やはり天龍不利は否めずブロディが一方的に天龍を叩き潰すかと思いきや、試合はグラウンドの攻防も見られた静かな展開に。
そして、ブロディは天龍の一瞬の隙をつくとまさかの逆さ押さえ込み。これで3カウントが入り12分14秒、ブロディが丸め込みで勝ち3度目の防衛に成功。
大仁田とチャボのNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王座決定戦三番勝負第2戦がこの日行われ、後がないチャボが気迫で大仁田を圧倒。
12分44秒、必殺技ジャーマン・スープレックスホールドで大仁田をフォールし1勝1敗のタイスコアとしました。
馬場、鶴田組はセミ前に出場、ボルコフ、ビクター・リベラ組と対戦。リベラは何と鶴田のロープの反動を利したカウンターのダブル・チョップ1発でフォール負けしてしまい、ファンを唖然とさせています。
初期の大物外国人不足の時代とは言え新日本プロレスでは73年と77年には猪木とメインで対戦し、76年4月の第3回ワールド・リーグ戦では坂口、キラー・カール・クラップと並んで決勝進出者決定トーナメントにも出場したリベラの残念な姿に悲しい気分にさせられました。
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