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2026年01月27日07:11

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週プロ流智美あの日あの時予想2025年総括(21)

第392戦、5月28日発売号●【予想】猪木vs小林、最後のシングルマッチ、第3回MSGシリーズ決勝リーグ戦、アントニオ猪木vsストロング小林(80年5月27日新日本プロレス大阪府立体育会館)【正解】今では一発アウトのコンビが新日本を蹂躙、アントニオ猪木&坂口征二組vsカール・フォン・ショッツ&クルト・フォン・ヘス組(74年新日本プロレス仙台・宮城県スポーツセンター)

【参考】2014年5月21日発売号は、「廃業」から告知なしで秘密裏に新日本プロレスに出戻り?佐山サトルデビュー戦、vs魁勝司(76年新日本プロレス後楽園ホール)

【予想解説】新日本プロレス80年「第3回MSGシリーズ」5月27日大阪府立体育会館大会。セミファイナルは決勝リーグ戦45分1本勝負、S小林がついに猪木との対戦に辿り着きました。言うまでもなく6年前の74年3月19日と12月12日の2回、蔵前国技館で壮絶な死闘を展開、日本中のプロレスファンを熱狂させたかつての黄金カード。

大阪大会はテレビ朝日で収録されたものの、猪木vsS小林戦は放送されなかった為、5月29日付(28日発行)の「東京スポーツ」から試合レポを引用してみたく思いまます。

『体調不十分ながら単独首位を走る猪木、身体の方は気合でカバー、ゴング前から小林を張り飛ばした。逆にスロースターターの小林は機先を制されてリズムが狂った。力比べも猪木にブリッジで返され、さらにはショルダースルー。

猪木が攻める。レッグロックからデスロック、そのままボディにパンチ。5分経過、猪木がアリキック、小林の波乗り固めをヒップアタックで切り返して場外へ投げ捨てた。

小林がようやく反撃に転じた。猪木のスリーパーホールドを抱え上げてコーナーポストへ。ボディへパンチ、ロープに飛ばしてカウンターのパンチ、これでカウント2を奪ったがここまで。

再びロープに飛ばしてのカウンターのパンチ、これをかわした猪木は小林の後頭部へドロップキック一発で小林はマットに沈んだ』

11分27秒、猪木が体固めでフォール勝ち、文中にある「後頭部へのドロップキック」というのは延髄斬りでしょう。延髄斬りの名称はこの時期すでに使われていましたが、記者によって浸透度に差があったということでしょう。猪木は26点、S小林は10点。試合レポを読む限り、S小林の攻めは単調だったのではないかと思われます。

この試合が猪木とS小林の最後のシングルマッチでした。 

【正解解説】74年5月の新日本プロレス「ゴールデン・ファイト・シリーズ」に初来日したカール・フォン・ショッツ&クルト・フォン・ヘス組の北米タッグ王者チーム「ナチの戦犯コンビ」の大活躍は日本のプロレスファンに大きなインパクトを与えました。

リーダーはショッツに比べて小柄な年長のヘスで、70年代初頭にミシガン州デトロイト、カナダのオンタリオ州トロントといった五大湖地区周辺で売り出した新進気鋭のタッグチーム。

ヘスはジョニー・パワーズ、ペドロ・マルチネスが代表を務めるNWFで活躍しており、ヒールのタッグ専門屋としての力量には定評がありました。ジ・エクスキューショナー、エリック・ザ・レッド(エリック・ザ・アニマルとして74年2月、新日本プロレスに来日)と組んでNWF世界タッグ王座を獲得、73年2月4日には若いショッツにパートナーを変えて、トニー・パリシー&ルイス・マルチネス組を破り同王座を獲得しました。

翌74年2月10日、フレッド・カリー&Lマルチネス組を破り再度タイトルを獲得したショッツ&ヘス組はNWF世界タッグ王者として74年5月に新日本プロレスへの来日が決定。

しかし、来日直前になってショッツ&ヘス組はNWA認定北米タッグ王者の二冠王者チームと紹介され、猪木&坂口征二組の黄金コンビの挑戦を受けて北米タッグ王座防衛戦を行うと発表されました。

北米タッグ王座と言えば、王者チームはパワーズ&パット・パターソン組で前73年8月24日、ロサンゼルス・オリンピック・オーデトリアムと12月7日、大阪府立体育会館の2度に亘り、猪木&坂口組が挑戦、いずれも1−1からの王者組の反則負けでベルト移動はなし。

日本プロレス「正史」では「その後、同タイトルはショッツ&ヘス組に移動した」となりますがこれは事実に反します。

おそらく、サンフランシスコに定着して売れっ子になっていたパターソンのスケジュールが合わず、パワーズと一緒に来日させることが困難になった為、来日予定のショッツ&ヘス組を北米タッグ王者チームに仕立て上げたのでしょう。

前73年8月、新日本プロレスは馬場の妨害工作により反対多数でNWAへの加盟が否決されましたが、馬場の「NWAのメンバーでなければNWAのタイトルには挑戦出来ない」という発言を覆す為に、新日本プロレスが提携先のロサンゼルスのプロモーター、マイク・ラベールに働きかけてでっち上げしたのが北米タッグのタイトル。

ベルトはパワーズ&パターソン組が持っていたものではなく、日本の「プリンスライター」で知られる吉永プリンス(現スタイルインデックス)で製作され、来日したショッツとヘスが巻きました。

ベルト中央には「NWA」の三文字が刻まれており新日本プロレスが「NWA認定」にこだわっていたのが良くわかります。NWAの傘下プロモーターの団体には北米、US、インターナショナルの名が付けられたベルトが無数にありましたが、私が知る限りこのようなローカルベルトにわざわざ「NWA」を入れたものは見たことはありません。

もちろん、ベルト作成にあたってはラベールの許可は得ており、版権はラベールが代表をしていた「NWAハリウッド・レスリング」が所有していました。

NWA認定の北米タッグ王者チームとして初来日したショッツ&ヘス組は5月24日、「ゴールデン・ファイト・シリーズ」開幕戦の足立区体育館のセミファイナルで猪木&星野組と45分3本勝負で対戦。

1本目は16分52秒、ショッツが星野を体固め、2本目も3分59秒、二人がかりのダブル・ブレーンバスターからの体固めでショッツに猪木がフォール負けをしてしまい、猪木&星野組が2−0のストレート負けを喫しています。

本稿ではノーテレビの5月28日仙台・宮城県スポーツセンターでの猪木&坂口組の黄金コンビとの初対決のノンタイトル前哨戦を採り上げ。

1本目は16分4秒、坂口がヘスを体固め、2本目は3分48秒、ヘスが坂口を体固め、決勝の3本目は7分49秒、暴走した猪木がショッツに反則負けを取られ、2−1でショッツ&ヘス組が前哨戦を制しています。

※対戦成績は392戦61勝331敗、勝率156。
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