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2024年06月23日22:53

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ストロング小林さん追悼最終章(726)

ストロング小林は81年新日本プロレス「新春黄金シリーズ」が終わると、坂口征二と共にメキシコ遠征に出発しました。坂口は10日間ほどですが、S小林は約3か月の長期遠征となりました。

「デラックスプロレス」81年4月号に2月12日、後楽園ホールで取材したS小林のメキシコ遠征に関してのインタビュー記事が掲載されているので引用してみたいと思います。

タイトルは「心機一転にと初のメキシコ遠征」。ストロング小林が2月14日、メキシコ遠征に出発した。3年ぶりの海外遠征だ。一時期はアントニオ猪木、坂口征二と並んで「ビッグ3」と称された小林もここのところ鳴かず飛ばず。一部では「もう小林時代は終わりか」の声がする。

「オレはこのままで消えはしない…」小林は心機一転してメキシコに出発したが…。(2月12日収録)

●今のボクは八方破れでやるしかない

−「今日の試合(2月12日、東京・後楽園ホールで木村健吾と組みケン・パテラ、バッドニュース・アレン組と対戦、木村がパテラにフォール負け)、チームとしては負けたが、なかなかやるじゃない。怪力自慢のパテラ(ミュンヘンオリンピック重量挙げ銅メダリスト)にも力負けしなかったね。」

S小林「そうですか、メキシコ遠征を前にしてぶざまなことはできなかった。パテラには力では負けたくなかったですからね。(小林は日本では数少ない大型のボディビルダー出身)」

−「ところでメキシコに初遠征だがどお?」

S小林「新春黄金シリーズ(1月9日古河市立体育館〜2月12日後楽園ホール)の巡業先で突然、新間さん(営業本部長)から遠征の連絡を受けた。新間さんは10日にメキシコに行って、詳しいことは聞いていない。一応3か月という予定で坂口さんと一緒に行く。坂口さんは10日間ということでボクは残る。坂口さんは昨年8月に続いて(実際は9月)2度目なので飛行機の中で色々聞こうと思う。ぶっつけ本番ですよ。今のボク、もう八方破れでやるしかないですよ。」 

−「3年ぶりの海外遠征で心機一転、再出発だと思うが…。メキシコのレスラーはこれまであなたが遠征した欧州、アメリカ、カナダのレスラーとはタイプが違うが。」

S小林「そう、(昭和)53年4月に3か月ほどアメリカのWWF圏に転戦以来ですよ。あの時フィラデルフィアで今日タッグマッチで対戦したアレンと柔道ジャケットマッチをやって勝った。アレンもメキシコに行き、ボクと同じように3か月いるそうだから、アレンとはタッグでも組もうかな。

メキシコのレスラーは空中殺法というのですか、アクロバチックに動きますね。でも、ボクにファイトスタイルを変えろと言っても出来ない。地でいきますよ。ボクにはそれしかない、それでいいと思う。」

●”新しい小林”に生まれ変わる

−「プロレスラーになって今年でもう15年目(41年暮に吉原功・元日本プロレス営業部長が国際プロレスを設立時、第1号の練習生としてスカウトされる。)、フリーになりそのあと新日本プロレスに入団して6年目になる。(49年2月にフリーを宣言して猪木に挑戦して敗れ渡米、再度挑戦のあと50年7月※実際は5月に新日本プロレス入り)率直に言ってこの一、二年は鳴かず飛ばずの状態だ。一部には『もう小林時代は終わりか』の声もある。そんな声、知っている?」

S小林「痛いほど知ってますよ。坂口さんと保持した北米タッグ選手権も失って2年近くになる(54年4月5日、東京体育館でヒロ・マツダ、マサ齋藤組に奪取される)。昨年、かつて国際プロレス時代に保持したIWA世界タッグ選手権を奪取したが、短期間の保持に終わった(6月29日後楽園ホールで永源遙と組み、マイティ井上、寺西勇組を破って獲得したが、7月15日富士市民体育館でアニマル浜口、井上組に奪取される)。無冠だから仕方ないですよ。

次のシリーズ(WWFビッグ・ファイト・シリーズ=3月6日勝田市体育館〜同26日清水市鈴与記念体育館)には浜田、小沢、佐山くんら海外遠征組が帰って来る(佐山の帰国は見送り)。これらの人たちに活躍の場を与えることからも、ボクがいない方が好都合だと思いますよ。それでいいと思う。

若い人たちもどんどん育っている。そうした人たちがのし上がって来て、古い者が衰えたら抜かれるのもやむを得ない。いつまでも同じ顔ぶれじゃ団体そのものの進歩、大きく言えば日本のプロレスの進歩はない。でもボクはまだやる。やれると思う。

だから初めてのメキシコに行き、”新しい小林”になるべく勝負する。3か月間の予定で、第4回MSGシリーズ(5月8日〜6月4日)には出場することになるだろうが、”新しい小林”に期待してください。きっと変わってみせますよ。今年のこれからがボクにとって勝負となるでしょう。」

(昨年6月に結婚、家庭内にゴタゴタがあったが、それもスッキリした。そうした問題からも小林は心機一転、このメキシコ遠征でプロレスラー生活の勝負をする。ある意味ではこのメキシコ遠征は小林にとって土壇場の勝負かも知れない。小林の言葉からはその決意が読み取れた。)

インタビュアーの記名がないですが、かなり辛辣で上から目線の内容で口調も偉そうな感じなのでおそらく日刊スポーツを定年退職後、ベースボール・マガジン社の「月刊プロレス」に編集顧問として入った「長老」こと鈴木庄一氏ではないかと思われます。ターザン山本こと山本隆記者は前80年より「週刊ファイト」からベースボール・マガジンに移籍していましたが、この当時は関連会社の「恒文社」から月1回ペースで発売していた「プロレスアルバム」に専念。年長でビッグネームのS小林にこのようなインタビューは出来ないでしょう。 

このインタビューから感じ取れるのはメキシコ行きは本人の意思によるものではなく、選手層が厚くなってきた国内の「人減らし」対策。新日本プロレスのメキシコ武者修行は「島流し」と言われていた程でS小林の場合は期間限定の3か月となっていますが、凱旋帰国するキラー・カーンの売出もあり、そして「IWGP」予選からは外されてしまった訳です。

「アレンとタッグでも組もうか」と言っている通りメキシコではルード(ヒール)で試合をすることは決まっていて、ルチャリブレに対応できそうもないS小林がメキシコに送り込まれるのはやはり本意ではないでしょう。

家庭内のゴタゴタ、と濁して書いてありますが後にS小林が語っていたようにI夫人とは直ぐに離婚となったことを指しているのではないでしょうか。

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