(続き)
◆藤倉大 ヴィオラ協奏曲《ウェイファインダー》
この曲はヴィオラ奏者のアン・レイレファ・ランジロッティ(1983- )のために藤倉大(1977- )が作曲した。
ランジロッティはネイティヴのハワイ人である。
「Wayfinding」とは、彼女のルーツである先住ポリネシア民族に伝わる伝統的な航法の事を言い、羅針盤を持たない彼らは、天空の星や太陽の動き、風や雲の動き、海流や波浪、鳥の渡り等から、自船の位置を割りだし、採るべき航路(way)を見つけ出す(find)観測と航海の方法をあみ出した。
15歳から英国に在住する藤倉はハワイのランジロッティからこれに関する書を紹介されて興味を持ち、インスパイアされて、2020年にこの協奏曲を作った。
その室内楽版は2022年7/16、「Born Creative Festival 2022」で、ランジロッティのヴィオラ、佐藤紀雄指揮のアンサンブル・ノマドによって、東京芸術劇場コンサートホールで世界初演された。
今回演奏されるのはその管弦楽版の世界初演である。編成はヴィオラソロと、ほぼ2管、弦5部、+ヴィヴラフォンというところ。
ヴィオラソロは「Wayfinder」、一人で大海を航海する人、対して、オーケストラは星や太陽等の宇宙の様子、風や雲の動きや色彩、海流や波浪、鳥の声等々を表現している。
ヴィオラは、孤独や心情の変化、航路(way)の先にある希望等を静かに歌う。その歌は調性的、和声的である。
だが、一方のオーケストラが表現するものは、人間社会とは無関係で、宇宙や自然や天候や生物のありさま等を表現する。宇宙も自然も、本来人間とは無関係で、無論調性はなく協和もしない。オーケストラは(宇宙も自然も)ヴィオラ(人)のための音楽を奏でない。
したがって、ヴィオラの音楽を単独で聴けば調性的であるが、オーケストラと組み合わさると相当に不協和になってしまう。
終盤、ヴィオラは孤独なカデンツァをかき鳴らす。
人の行くべき「Way」を見出すため、宙と海、あらゆる自然要素に語りかける。
ヴィオラ奏者の弓は次第にブリッジから離れスル・タストを極め、音は柔らかで不安定になる。全てを許容し次第に自然に溶け込んでゆく。
長いカデンツァのあと、ようやくヴィオラとオーケストラは静かな1つの音に辿り着く。
不思議な音楽に、ホールの聴衆はしばらく反応しなかったが、次第に拍手が伝播していった。
幾度も袖とステージの間を行き来し、ランジロッティはにこやかに微笑んでアンコールを演奏した。
小声だったのでよく聞こえなかったが、自作曲のようだった。ランジロッティはヴィオラ演奏だけでなく、作曲家でもある。
[アンコール]《Ko’u inoa》(私の名前)
ランジロッティはテーブル形のアルペッジョを最初から最後迄繰り返し、繰り返すうちに微妙な異音をアルペッジョの中に潜ませる。それは、まるでポリネシアを吹き抜ける風が音楽を作っているようだった。
ステージ中央で演奏を始め、演奏しながら次第に上手へ歩き、少しそこで立ち止まり、今度はゆっくり中央方向へ戻り、更に下手へと歩いていく。そしてまた中央へ戻ってくる。
有松絞のような軽やかな衣装をなびかせる彼女の歩くさまもまた風のようだった。
そして、中央で、風の音楽は静かにやんだ。
魂に触れるような不思議な音楽で、私は胸がいっぱいになった。
ランジロッティは両腕の手首にタトゥーをしていた。
実は「タトゥー」というものと言葉は、それ自体ポリネシアから発生し、クック船長の太平洋航海によりイギリスにもたらされてTatooという英語になり、世界に広まったものである。
それはポリネシアの人々のアイデンティティにとって極めて大事なものらしい。
ポリネシア語をアルファベット表記すればTatauだが、Tの代わりにKが使われるハワイではKakauと表記されるとの事だ。
藤倉大についてはこれ迄何度もレポートしているので、過去の日記からその人物像を参照頂けたらありがたい。
・「名フィル第470回定期演奏会/愛知県芸術劇場〜その1」(2019年7/10記)
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1972198913&owner_id=3341406
・「新国立劇場世界初演 歌劇《アルマゲドンの夢》〜その1」(2020年11/23記)
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1977602467&owner_id=3341406
「同〜その2」(2020年11/24記)
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1977613105&owner_id=3341406
この3月末は、名フィルコンサートマスターの日比浩一が退任するスケジュールになっており、当日のプログラムが全部終わったあと、ステージ上で日比に花束が贈られた。
日比は2001年、40歳で名フィルのコンサートマスターになり、これ迄続けてきた。
普段は「日比しゃん」と言われているらしく、楽団員からだけでなく、名古屋市民からも大いに愛されていた事が、この日の送別で分かった。
日比がコンサートマスターの時は、オーケストラが柔らかい音になると言う人もいたくらいだ。
2023年11/9の日記にも書いた通り、後任の1人になるのは葵トリオの小川響子である。
・「葵トリオの小川響子、名フィル コンマスに」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1986308726&owner_id=3341406
小川のコンマス姿も愉しみである。
〈付記〉席は第6列29番、ほぼ中央。
〈参考資料〉
YouTube
・ブラームス《ハイドンの主題による変奏曲》
H・ブロムシュテット指揮 コンセルトへボウ
収録時期不明
・同
沼尻竜典指揮 神奈川フィル
収録 2021年11/27、神奈川フィル第373回定期演奏会/カルッツかわさき
・藤倉大 ヴィオラ協奏曲《ウェイファインダー》(室内楽版)
佐藤紀雄指揮 アンサンブル・ノマド
ヴィオラ A・L・ランジロッティ
収録 2022年7/16、Born Creative Festival2022/東京芸術劇場コンサートホール
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