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2020年11月24日11:00

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新国立劇場世界初演 歌劇《アルマゲドンの夢》〜その2(改)

(続き)

◇作曲者 藤倉大

この作品は僕にとって3作目のオペラ。
オペラ化した時、私がどれだけ世界を膨らめる事ができるか、音楽で全てを語る事ができるか、そんな題材でないといけないと、数多くの作品を読み漁った。ウェルズのSF短編『世界最終戦争の悪夢』にぶつかった時には最高の題材じゃないかと思った。

詩人で脚本家であるハリー・ロスと今回タッグを組む事ができた。
何故か分からないけれども、ハリーも僕も、音大で学んでいた20歳くらいの頃からずっと電車の中から始まるオペラを書きたいと思っていた。
ウェルズの原作も電車の中から始まる。会った事もない男2人が電車の中で話し始め、だんだん夢に入り込んでいく。
夢の中では女性が現れ、同時に、世界の終わりみたいな方へどんどんと進んでいく。

電車の音、動きは、木管楽器や弦楽器で表した。
イギリスでは、雨はザーザー降るのでなくしとしとと降る。その感じは、絃のハーモニクスやスタッカート等を使い、斜めに降ってくるような方向感も出した。
夢の中の女性には凄くセンシュアルなシーンもあるが、その美しいアリアにはオーケストラのふわふわ浮いているような感じを加えた。大変リリカルなメロディだけれども、そこから一気に世界の終わりの戦争に向っていく。
淡く甘い夢の人だと思っていた女性は、このオペラでは予想もしなかった人間に成長する。

新型コロナが蔓延する夏辺りから、これは一体上演できるのだろうかと話し合ったが、演出家のリディア・シュタイアーは、このオペラは絶対今やらなきゃいけないと訴えた。
オペラには現在の世の中を描いたかのような場面がたくさんある。リハーサルを見ていくと、本当にリディアの言う通りだと思った。
今年11月に初演されるため、今のこの世の中のために書かれた、そんなオペラになった。
作品は2年前に既に書かれている訳なので、逆にオペラに向って世の中が近づいてきたと言えなくもない。
皆さんには、是非この11月、世界初演を新国立劇場に来て観て欲しい。


◇演出家 リディア・シュタイアー

・演出コンセプトについて
原作の『世界最終戦争の夢』では、2人が電車に乗って未来の幻あるいは夢について語り合っている。
本オペラでは、電車のシーンは実は近い過去で起こった事になっており、未来のシーンの幻は、悪夢というより、我々の現在の世界をディストピアとして象徴している。
世界の政治情勢の現状、その影響等を分析し、舞台上ではそれを夢想的且つ劇的に表現している。

巨大な不正に直面した時、私達はどう行動すべきだろう?
政治が激しく揺れ動いている時、公共の場で交わされる言論が全体主義的な方向に流れている時、フェイクニュースが溢れ混沌に巻き込まれようとしている時、自分1人が殻に閉じ籠り、何もしないでいていいのだろうか?
1901年に出版された原作《世界最終戦争の夢》は、我々の時代に重なる側面が多々あり、不安になり、考えさせられる。
危機が迫っているのに何もしない、謂わば「茹でガエル」状況に陥っままになっていると、結局愛しているものを全て失い、自らの命すらなくしてしまう。
何もしないでいる事は、権力に加担する事と同じだ。

・プロダクションチームについて
ヨーロッパのチームメンバーは私の大切な共同制作者達だ。このチームで2016年にシュトックハウゼンの大作オペラ《光》より、7つの曜日の内の《土曜日》を制作し、オペラの主要雑誌から年間最優秀演出賞を頂いた。
ヨーロッパから来日したテノール歌手のピーター・タンジッツ(クーパー・ヒードン役)は昔からの友人で、何度も一緒に仕事をしている。
今回悪役のバリトン、セス・カリコ(フォートナム・ロスコ―/ジョンソン・イーヴシャム2役)は私の多くの作品に出演している。
ベラ・ロッジア役のソプラノ ジェシカ・アゾーディは素晴しい!
そして、日本人キャストと合唱、そしてスタッフの皆さんの仕事振りに驚きそして感激している。
私は多くの合唱と仕事してきた。元々合唱が好きなのだが、今公演の合唱が最高のお気に入りになった。熱心で存在感と活気に溢れ、そして正確だ。この合唱と一緒に仕事するのはとても愉しい。
スタッフの皆さんもそうだ、舞台監督や演出助手、素晴しい仲間になった。
そして、この作品の舞台化においてマエストロ大野和士と一緒に仕事ができるのは大変光栄だ。

・作曲家と台本作家について
藤倉大は昔からの知り合いで、ずっと一緒に仕事がしたいと思ってきたのだが、やっとそれが叶い、大変わくわくしている。特に藤倉にとって今回は初の大規模なオペラ作品になったのでよけいだ。規模の大きい合唱と管弦楽と舞台、この素晴らしい劇場で作品を作る機会が与えられたのは、私にとって夢のようだ。
ハリー・ロスとのコラボレーションもそうだ。現代に合わせ、原作に解釈を加えて展開させている。素晴らしい巧妙な脚本だ。
こうした解釈と分析によって、2020年、今こそ切実に必要とされている時に初演を迎えられるのは、刺激的で特別な事だ。

・観客へのメッセージ
今、芸術作品を創る事に集中するのは大変困難な状況だ。政治的混乱が重大局面を迎え、同時に、人々はパンデミックで頭がいっぱいになっている。
このような状況下で、単にオペラを創作するというだけでなく、世界における最重要都市の1つである東京のこの舞台で上演する機会が与えられた。
大都市における日々の出来事や、私達が生きている現在を分析する事によってできたオペラ《アルマゲドンの夢》。このように、現在の混沌や無秩序にぴったりと合致する芸術作品に巡り会う事は非常に稀で特別な事だ。
素晴らしいプロダクション、壮大で興味深いプロダクションだ。観て愉しく聴いて愉しい、そして考えさせられる作品になった。強力なコンビネーシだと思う。
東京だけでなく、願わくば世界中の皆さんにこの作品をお見せできる事を期待している。


◇台本作者 ハリー・ロス

・《アルマゲドンの夢》台本執筆に当たって
《アルマゲドンの夢》は英国人である私自身の経験にも深く関係している。
H・G・ウェルズはエドワード王時代の作家で、大英帝国最盛期の著作だ。
当時は英国例外主義が絶頂を極めていた。英国だけが特別で、他の国とは違っているという暴力的な考え方で、近年ではEU離脱推進派によってこうした過去の過ちが繰り返されようとしている。

どうしてこうなってしまったかと言えば、私達全員に責任がある。
原作は時代設定を明らかにしていない。しかし、我々は電車の中で始まった物語を1950年代とした。
クーパーのように、社会に目を瞑り、個人的な快楽に身を埋めようとするエリート達。彼等は行動を起こさず、現実から逃避して生活し、アルマゲドンの到来に直接的な責任があるのに、そう考えない。
クーパーから70年後の未来の今、2020年、アルマゲドンはすぐそこにある。

私自身、21世紀最初の20年間を生きている英国人だ。影響力を失い、権威主義、大衆主義的な政権になった英国の民だ。政府は民主主義的な制度を顧みず勝手に振る舞い、欧州連合から離脱し、英国の団結を破壊寸前迄追い込んでいる。
私自身「アルマゲドン」の中で生きている。そして、そこから逃れようとしている。このオペラを書き始めてから、2度も別の国に移った(逃げた)。
藤倉と顔を突き合わせながら台本を完成させたのは2018年。その時、ジョンソンはまだ英国首相ではなかった。イーヴシャムにジョンソンという名を付けたのは、全くの偶然だ。

・男性主人公クーパーのキャラクター設定について
先程「逃れる」という話をした。
私は、酷い不正に直面してもそれを正す術がないと諦めるクーパーの心境に、観客が自分を重ねてもらいたいと思う。
クーパー・ヒードンは、本来こうあらねばならない筈の自分から逃げ出す。いわゆる「普通の人」と言ってもいいだろう。
常に優柔不断で、市民として、エリートとして、本来権利と主張その両方を保持しているのに行使しない。
原作では、クーパーは元有力な政治家だが、愛のために全てを捨ててしまう。
オペラで私が問いかけているのは、我々一般市民は、今、この世の中で何をしようとしているのか?何から逃れようとしているのか?という事だ。

・《アルマゲドンの夢》の制作チームについて
藤倉大は何年も前からの友人で、多くの作品を共同制作している。
私が台本を書き、彼が作曲する、それぞれを合わせるのはとても共生的な体験だ。そこに制作チームが血と息を吹き込んでくれた。
この作品を委嘱したのは大野和士。リディアと伴に、不確実性、政治不安、危機、権威主義的ナショナリズムの高まりといったテーマのこの作品を、パンデミックの中、2人が、今上演し、観客に見せ、考えてもらうべきだと主張してくれた事を、台本作者として光栄に思っている。
このような困難な状況下でオペラを制作しようという2人のコラボレーションと気骨に脱帽している。

・観客へのメッセージ
私達は、文脈を剥ぎ取られて簡略化された言葉の世界に生きている。
このオペラの核心には「話の抜粋」に反対する態度がある。話をやたら抜粋したり、短いメッセージを乱発するのは決して良い事にならない。人々は真意を理解しないまま、語調にただ流されていく。
例えばEU離脱派のスローガン、キャメロン元首相がよく使用していた「Take Back Control / In This Together / For the Many not the Few」=「支配権を取り戻せ / 全員一緒に / 少数のためでなく多数のために」。
第3場では、これらのぶつ切れの言葉が、合唱の中で気味悪いシュプレヒコールのように
繰り返される。

(私註;アメリカの例で言えば、トランプのMake America great again! またAmerica first!等が同意だ。内実のない、ただ語感が強いだけのポピュリストの言葉。)

だが、敢えて私からこのオペラをご覧になる皆さんにメッセージを伝えようとするのなら、どうか夢を抱いて下さい、人間らしさを忘れないで下さい、そして、最後に、短いメッセージを鵜呑みにするのでなく、「達人大観」という言葉もある如く、物事を様々な角度から見て下さい。


(4人のメッセージを聴いた上で、今改めて様々なシーンを想い起すと、あのクーパーを殺した少年兵の銃弾は、実は、彼の身体を貫き通して、そのまま我々の心臓に突き刺さったのに違いない、世の混迷や不条理に対して何も発言してこなかった我々の心臓に。
 そして、お終いに、大野和士も触れていたこのオペラのラストについて少し考えてみたい。
クーパーが電車の中で人々の中に倒れ込んでいくと、合唱は舞台裏で「アルマゲドン、アルマゲドン」と低く長く引き伸ばして歌う。そのハーモニーはまるで死者の魂を鎮めるレクイエムのようだ。
同じ車輛にワゴンを押して飲み物等を売りに来ていた少年は、倒れて動かぬクーパーの姿を離れた場所から見やり、最後に「アーメン」と静かに歌い、舞台は突然真っ暗になる。
 ハリー・ロスは、この「アーメン」について別の場面で発言している。
キリスト教のミサ等の典礼で繰り返されるこの言葉、日本人である我々は何も考えずに済ましているが、根源に戻ると、「アーメン」はヘブライ語、意味は「まことに」とか「確かに」とかいう事らしい。式典めかして「かくあれかし」とか「そうありますように」と言い換えてもいいだろう。
ロスは、このオペラは1つの答えを提供しようとするものでなく、観客が様々に考え、多様な理解をしてくれる事が望ましいとも言っていた。
私は、「アルマゲドン、アルマゲドン、…… アーメン」というラストのテキストについて、結局はキリスト教の決まり文句に落ち着いたのかと諦念をもって受け取るのでなく、「現代はまさにアルマゲドンのただ中にある、まさにその通りだ」と理解するのが妥当ではないかと思うのだ。
クーパーは、自分が見ているのは夢か現実か、過去か未來かそれとも現実か、オレは一体何処にいるのか、生きているのか生きていないのか、そう錯誤を重ねつつ死んだ。
彼の問いはそのまま私達に下りてくる、我々はこの世で本当に生きているのか、死んだも同然か、この物語はただの空事なのかそうでないのか。
そうした諸々の問いかけに対して、オペラは最後に「アルマゲドン」「アーメン」と答えたのではないか。)


〈参考資料〉
・単行本 初期短編集『イカロスになりそこねた男』より『世界終末戦争の悪夢』
 執筆 H・G・ウェルズ
 翻訳 橋本槇矩,斎賀久子 他
 発行 1996年ジャストシステム

・『藤倉大 アルマゲドンの夢』
 執筆 大野和士,藤倉大,リディア・シュタイアー,ハリー・ロス 他
 発行 2020年11月、財)新国立劇場運営財団

・新国立劇場 特別配信版オペラトーク『アルマゲドンの夢』
 配信 2020年11/10

・NHKラジオ第1「ラジオ深夜便」〜「明日への言葉」より、作曲家藤倉大インタビュー『音は常に今を反映する』
 ディレクター・インタビュアー 大沢ゆうじ
 放送 2020年11/13
 
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