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2020年09月13日22:46

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ありがとう!横浜文化体育館(5)

「新日本プロレスの横浜文化体育館は客が入らない」との定評が80年には大きく変わりました。この年、新日本プロレスは8月15日に港区南青山の事務所で新間寿営業本部長が会見を行い、年末に「MSGタッグ・リーグ戦」を開催することを発表。

全日本プロレスの暮れの看板シリーズ「世界最強タッグ決定リーグ戦」と同趣旨の企画で真っ向勝負を挑みました。10月に来日し「膝が限界、3年後(83年)の6月30日、39歳の誕生日に日本で引退したい」と記者会見を行い話題を集めたテリー・ファンクは新日本プロレスのタッグ・リーグ戦開催の話を聞くと、「ニュージャパンのタッグ・リーグはイミテーションだ!」と怒りをあらわにしています。

スタン・ハンセン&ハルク・ホーガン組、アンドレ・ザ・ジャイアント&ザ・ハングマン(ネイル・グアイ)組、タイガー・ジェット・シン&上田馬之助組ら豪華外国人メンバーが参加。また、猪木がWWFヘビー級王者ボブ・バックランドとの「帝王タッグ」(スケジュールの都合でバックランドは途中参戦して公式戦をこなした)を結成してエントリーするなど、ファンの期待は高まりました。

その「第1回MSGタッグ・リーグ戦」の開幕戦が11月21日、横浜文化体育館で開催され、不入りで知られた新日本プロレスの横浜文体が5,200人(テレビ生中継、超満員発表)の観客を動員、これまでが2,500人前後の発表でしたので、いきなり2倍の観客を集めてしまいました。

注目はセミファイナルの公式戦、ハンセン&ホーガン組vsシン&上田組の一戦、ド迫力の攻防の末、6分50秒、ハンセン&ホーガン組の反則勝ち。セミ前には坂口征二&ストロング小林組とアンドレ&ハングマン組の公式戦が組まれ、7分9秒、アンドレが小林を体固めで降しています。

メインイベントは猪木&藤波辰巳&木村健吾組とジョニー・パワーズ&バッドニュース・アレン&オックス・ベーカー組が対戦し10分9秒、藤波がパワーズを体固めに決めています。パワーズは来日の度に扱いが落ち、これが現役最後の来日となりました。

82年は春の本場所「第5回MSGシリーズ」と暮れの「第3回MSGタッグ・リーグ戦」の2大イベントの開幕戦をいずれもテレビ生中継で横浜文体で開催しました。

3月5日、第5回MSGシリーズ開幕戦は4,200人発表の観客を集め、公式戦では藤波と初来日のトニー・アトラスが両者リングアウト。坂口はディック・マードックに首固めでフォール負け。メインイベントでは猪木がキラー・カーンとタッグを組んでマスクド・スーパースター&ドン・ムラコ組を撃破。  

11月19日、第3回MSGタッグ・リーグ戦開幕戦は4,600人発表と3月対比若干の増員、メインイベントの公式戦では猪木&ホーガン組が前年度優勝チームのアンドレ&レネ・グレイ組と対戦、猪木がグレイを延髄斬りからの体固めで降し本命チームが白星発進。また、セミファイナルの公式戦は坂口&藤波組がアドリアン・アドニス&ディノ・ブラボー組に勝利。

軍団抗争ブームに湧いていた83年は4月13日「ビッグ・ファイト・シリーズ第2弾」にノーテレビの通常興行が組まれ、セミファイナルのマサ齋藤&長州力&Kカーン組の革命軍とラッシャー木村&アニマル浜口&寺西勇組のはぐれ国際軍団が対戦。この時、些細な誤爆、タッチワークのミスなどから浜口がR木村に突っかかる場面があり、それが2日後の4月15日、福山市体育館でのテレビ生中継で国際軍団が仲間割れすることになります。(試合は13分30秒、両チームリングアウト)

84年1月13日、「新春黄金シリーズ」2週目のテレビ生中継は4,400人発表とまずまずの入り。メインイベントは猪木&藤波組と前83年、国際軍団から離れ、維新軍を結成した浜口が長州と組んで対戦。猪木の入場時、観客が投げた紙テープで猪木が手を切るアクシデントがあり、怒った猪木が椅子を持って観客席に向けて威嚇する珍しいシーンがありました。

このアクシデントでメインは集中力を欠いた試合展開となってしまい、僅か6分44秒で藤波が維新軍のハイジャック式パイルドライバーから長州のリキラリアットでフォール負けを喫し呆気ない終わり方をしています。

85年6月12日、「IWGP&WWFチャンピオン・シリーズ」横浜文体大会は前日6月11日、東京体育館で猪木vsアンドレのIWGP優勝決定戦、ホーガンvs藤波のWWF世界ヘビー級王座戦。翌日6月13日には愛知県体育館でシリーズ最終戦、アンドレにエプロン・カウントアウト勝ちしIWGPに優勝した猪木が、85IWGPヘビー級王者として前年度準優勝のホーガンの挑戦を受ける同タイトルマッチが行われていますが、横浜文体大会はその間の興行。

ノーテレビではありましたがホーガンとアンドレが夢のタッグを結成、猪木&坂口組の黄金コンビと対戦するスペシャルマッチが組まれ、12分40秒、アンドレがヒッププッシュから坂口を体固めに決めてアメリカでも見られない超豪華タッグチームが勝ちました。

後述致しますが、私の横浜文体初会場観戦は84年12月12日、全日本プロレス「世界最強タッグ決定リーグ戦」最終戦となりますが、新日本プロレスの横浜文体初観戦はそれから約1年後、85年11月19日「IWGPタッグ・リーグ戦」のノーテレビ大会でした。

この年WWFとの業務提携が解消となり「MSG」の名称が使えなくなった為に暮れのタッグ・リーグ戦を名称変更したものです。メインイベントは猪木とジミー・スヌーカのシングルマッチで猪木の反則勝ち。この年新日本プロレスに移籍を果たしたブルーザー・ブロディはマードック&Mスーパースターとのトリオで坂口&ケンドー・ナガサキ&ミスター・ポーゴ組と対戦、キングコング・ニードロップでポーゴからフォール勝ち。

リーグ公式戦は藤波&木村健吾組がカネック&ドスカラス組を降しました。観客は2,560人発表と、UWF、ジャパンプロレス勢の大量離脱で選手層が薄くなっていましたが、元の不入り状態に戻ってしまいました。
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