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2018年02月18日12:51

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ファンタジープロレスの巨匠桜井康雄さん追悼(285)

76年後半からモハメド・アリ戦で作った負債返済の為、NET(テレビ朝日)主導の元、借金完済路線がスタートします。

路線は2本立てで、猪木、坂口らの格闘技世界一決定戦シリーズと、海外遠征における外貨稼ぎが主なものでした。

格闘技世界一決定戦をシリーズ化、海外遠征ツアーを通常のワールドプロレスリングのレギュラー枠とは別に、水曜スペシャル他の特番で放送し、新日本プロレスに入る放映権料を返済に宛てるものです。(負債はNETによって肩代わりされている)

前回書きました76年の猪木の韓国、パキスタン遠征はよく知られていますが同年10月の坂口の南アフリカ共和国遠征もその一環と言えるでしょう。

坂口は10月30日、ヨハネスブルグでジャン・ウィルキンス(73年4月、新日本に来日)を破りEWU世界スーパー・ヘビー級王座を獲得。アルバート・ウォールを相手に初防衛に成功しましたが、帰国直前の11月13日、ウィルキンスにベルトを奪い返されています。

効率化の観点からか、77年は年間7シリーズ行っていたものを6シリーズに短縮。外国人レスラーのギャランティ、交通費、宿泊費が抑えられました。

77年1月の新春黄金シリーズに、前76年8月から猪木に挑戦を表明していた上田馬之助が新日本プロレスのリングに登場。

上田はタイガー・ジェット・シンと極悪タッグを結成しています。

また前76年4月26日、ニューヨークMSGでブルーノ・サンマルチノの首の骨を折った(第六頸椎骨折)スタン・ハンセンが新日本プロレスに初登場。

上田は1月14日、福岡九電記念体育館で坂口、ストロング小林組の持つ北米タッグ王座に挑戦。(76年2月のウィリエム・ルスカ戦を前にした猪木がシンとの試合で鼻を裂傷、タイトルを返上し2月5日、札幌中島スポーツセンターでシン、ブルータス・ムルンバ組との王座決定戦に勝って獲得。76年中には5度の防衛に成功している)

S小林の左腕を集中攻撃し、1本目シンがS小林を逆片腕固めで破り、2本目はノーコンテスト。坂口、S小林組はスコアの上で0-1で敗れながらもベルトの移動は免れました。

髪の前頭部を金髪に染め、(翌78年にはオール金髪になる)シンと組んでヒールファイトの限りを尽くす上田にヒール人気が爆発。観客は「この非国民!」、「上田、貴様それでも日本人か!」と罵声を浴びせかけました。

シンもまた、一連の猪木との抗争がマンネリ化し、集客力が落ちて来ていた時期にあり、上田との合体は渡りに船で、シン、上田組はアリ・ショックと言われ、停滞していた新日本プロレスマットを再び活性化させることに成功しました。

2月2日、大阪府立体育会館で行われた坂口、S小林組vsシン、上田の再戦は9000人超満員の観客を動員。シン、上田組はまたしても負傷しているS小林の左腕に集中砲火を加えました。

1本目はシンがS小林にキーロック、2本目は日本組の反則勝ち。3本目は腕を骨折した疑いのある(実際は亜脱臼と報じられた)S小林が失神して試合放棄となり、シン、上田組が北米タッグのベルトを獲得しています。

一方、猪木は1月14日、福岡でハンセンと対戦した際、シン、上田が乱入してハンセンにラリアットを食らい場外でダウン。首を負傷して救急車で福岡市内の病院に搬送され、翌日からシリーズを欠場しました。

この日の大阪がテレビマッチ復帰戦となり、セミファイナルでハンセンと一騎討ち。ハンセンのラリアットを空振りさせてからのバックドロップで勝利を飾っています。

上田のヒール人気で観客が選手に手を出したり、ビン、缶類や生卵を投げつける行為もありました。

シリーズ最終戦2月10日の日本武道館大会は場外にフェンスを設置して行われました。猪木はシンにレフェリーストップ勝ちでNWFヘビー級王座を防衛。

坂口と上田の注目のシングルマッチは上田が場外フェンスを超えて控室に逃走する謎の試合放棄で坂口の不本意な勝利。

3月4日、高崎市体育館で開幕の第4回ワールド・リーグ戦では3年4か月に及ぶアメリカ、カナダ、ヨーロッパ武者修行から凱旋帰国した吉田光雄が参戦しリーグ戦に新風を吹き込みました。

しかし、この年のワールド・リーグ戦は当初発表された14選手のうち、山本小鉄、フレッド・ブラッシーが不参加。

また、リーグ戦が始まってからもジョニー・パワーズが「猪木よ、なぜ勝手にNWF王座から『世界』の文字を外した。許すことは出来ない。俺は猪木からNWFのベルトを奪い返して再び『世界』の名前を復活させる。ワールド・リーグ戦に興味はない」と途中棄権。

シード参加の猪木もならばパワーズとやってやる、と同じく優勝決定戦出場を辞退。最後までリーグ戦を闘ったのは10人というスケールの小さなリーグ戦となってしまいました。

さらに、NETがこの年の4月1日から社名をテレビ朝日に変更。番組改編期におけるテコ入れとしてワールドプロレスリングも協力。

当初は3月31日だけだった蔵前国技館大会を翌日の4月1日にも連続開催することが決定しました。

3月31日は猪木がパワーズをバックドロップからの体固めで破りNWFヘビー級王座を防衛。(特別レフェリーはルー・テーズ)

第4回ワールド・リーグ戦決勝は2位の坂口が全勝で1位通過のマスクド・スーパースターを逆エビ固めに降し2年連続優勝しましたが、もはや力道山時代に考案された「各国代表選手が参加してナンバーワンを決める」プロレス版オリンピックとしてのワールド・リーグ戦はその役割は終えたようでした。

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