プレ日本選手権決勝トーナメントは78年12月5日、福岡九電記念体育館(テレビ収録)からスタート。
決勝トーナメントはシード参加の猪木とヒロ・マツダ、予選リーグ戦下位通過2名となった28点の上田馬之助と24点の星野勘太郎の4人のみが1回戦を闘うこととなりました。
ちなみに剛竜馬も上田と同じ28点ですが、新日本プロレスから正式なアナウンスはありませんでしたが、上田と剛の直接対決(11月21日、呉市体育館)が6分2秒、剛の反則勝ちとなっているからと思われます。
福岡では猪木と星野が対戦。75年4月11日、会津若松市体育館(福島県会津体育館、会津鶴ヶ城体育館)での第2回ワールド・リーグ戦以来3年8か月ぶりの対戦となりました。
この時もテレビ生中継であり、「猪木vs星野戦に外れなし」という評価は高かったです。この時は10分16秒、猪木がジャーマン・スープレックスホールドを決めて快勝しています。
試合は星野が小気味良いスピード溢れる試合ぶりで猪木を撹乱。逆エビ固め、ヘッドロックに捕らえてのパンチの連打など観客を大いに沸かせました。
しかし猪木はブレーンバスターからバックドロップと繋ぎ、10分24秒に体固めで勝利。準々決勝へ進出しています。
なお、もう1つの1回戦、マツダvs上田は結局、上田が「狼軍団の首領であるマツダに決勝に出てもらい、優勝して欲しい」と棄権。マツダが不戦勝で準々決勝へ駒を進めています。
この日のメインイベントは坂口、ストロング小林組の北米タッグ王座に上田、サンダー杉山組の中京コンビが挑戦。
上田、杉山組は76年7月7日、国際プロレスの大阪府立体育会館でグレート草津、マイティ井上組のIWA世界タッグ王座に挑戦。上田とM井上が1本ずつ取り合った後、上田、杉山組の反則負けとなっています。
1本目は13分44秒、杉山がS小林にコーナーポストからの雷電ドロップ(ヒップドロップ)を決めた後、上田がシャチ横内式クロスチョップから体固め。
2本目は5分25秒、S小林が上田をカナディアン・バックブリーカーでギブアップさせています。
決勝の3本目は形勢不利と見た杉山がチェーンを持ち出して坂口、S小林をメッタ打ち。僅か41秒に反則負けとなり、2-1で坂口、S小林組が8度目のタイトル防衛に成功しています。
12月6日、長崎国際体育館での準々決勝ではマサ齋藤と剛が対戦し、12分10秒にM齋藤が体固めで勝利。
12月7日、熊本市体育館での準々決勝では坂口が10分32秒、逆エビ固めで長州を撃破しています。
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