76年10月7日、蔵前国技館大会メインイベント、猪木vsアンドレ・ザ・ジャイアントの格闘技世界一決定戦。
この試合に新日本プロレスが立会人としてビンス・マクマホン・シニアを呼んだのもこの一戦が6・26の「勝者同士」による格闘技世界一戦であることのお墨付きをビンス・シニアが認めているという対外的アピールかと思われます。
アンドレは黒のショートタイツに赤のリングシューズ、体重はこの時220kg位か?(公称は232kg)身体つきも絞まっています。年齢は30歳。
私の個人的見解ではアンドレの全盛期はこの76年9月と次の翌77年5月のゴールデン・ファイト・シリーズへの来日のあたりが一番動けていた時代かと思います。
猪木は試合前から闘志を剥き出し。桜井さん「猪木選手がちょっと興奮気味ですねぇ、いつもならタオルを(リング下に)投げるんですが、投げなかったですね。」
ゴングが鳴り、アンドレがリング中央で猪木を追い込む形で組み合い、アンドレは猪木の左腕をロック。猪木は腕を決められたままフライング・ヘッドシザースで脱出を図ろうとするも不成功。
猪木はアンドレのバックを取りにいきましたがアンドレはヒッププッシュで外してスリーパーホールド。猪木はスリーパーをかけられた状態でジャンプ一番、アイリッシュ・ホイップでアンドレの巨体を投げ捨てて見せました。ドッと沸く10500人の観客。
桜井さん「しかしねぇ、232kgするジャイアントを投げたんですからねぇ、さすが猪木君ですねぇ!」
猪木はキーロックへ移行。グラウンドの状態でグイグイと絞り上げ、アンドレの左腕は徐々に血の気を失い真っ白に。
舟橋アナ「桜井さん、猪木は離れて勝負するかと思いましたがじっくりした展開に持ち込みましたね!」
桜井さん「やはりねぇ、猪木君がねぇ密着した戦法を取っていますがどこまで続くか心配ですねぇ。」
アンドレはキーロックをかけたままの猪木を持ち上げてロープまで歩いて行きこれを外しました。猪木は場外へ。
リングに戻った猪木はキーロックで痛め付けたアンドレの左腕にキックの連発、アンドレは下がりながらも猪木の足を掬って全体重を乗せてのレッグブリーカー、この辺のアンドレの動きは実にいい。
舟橋アナ「猪木危ないっ!」
桜井さん「猪木君はねぇ、ちょっと勝負を急いでいると言うか、フットワークを使って離れていった方がいいですよ。」
アンドレはレッグブリーカーから足攻めに移行。ウィークポイントである左膝を痛めつけられる猪木、桜井さんは体格差で優るアンドレが身体を密着してじっくりグラウンドで攻めて来ると猪木は不利であることを指摘しています。
アンドレはサーフボードストレッチ、その体勢でチキンウィングのように猪木の両腕を固めて再びグラウンドに持ち込もうとしますが猪木は下からヘッドシザースで切り返して反撃に出ました。
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