前田日明、ラッシャー木村、剛竜馬の無断欠場という波乱のスタートを切った新日本プロレス84年ビッグ・ファイト・シリーズ第1弾。
もちろん、猪木が新団体設立に向けて動いていたことなど、ファン、関係者はもとより、新日本の選手、幹部、社員も知らされておりません。
終始不穏なムードの中行われた開幕戦の翌日と翌々日の3月3日土曜日と4日日曜日はノーテレビの後楽園ホール大会2連戦が行われました。
この2大会はいずれも新日本プロレス興行への売り興行でした。開幕戦のテレビ生中継を見た観客が、「何かが起こるのでは?」と期待したか、両日とも3000人(超満員)発表の観客を動員しました。
3日の試合前に坂口副社長が会見を開き、厳しい表情で「とにかく、選手達には動揺せず、リング上でいい試合を見せるようにと伝えた。」とコメントしています。
メインイベントは猪木、坂口、木村健吾組vsディック・マードック、ボビー・ダンカン、エド・レスリー組。前日に続き、猪木がダンカンを延髄斬りからの体固めで日本組の勝利。
藤波はセミファイナルでアドリアン・アドニスと対戦し両者リングアウトの引き分け。
この時点ではまだ新団体への参加の噂が消えていなかった長州は浜口と組んでジム・ナイドハート、ワイルド・サモアン組と対戦。ナイドハートをサソリ固めでギブアップさせて好調ぶりを見せました。
後にナイドハートとハート・ファウンデーションを結成するブレット・ハートがWWF世界ヘビー級王者時代にこのサソリ固めをシャープ・シューターとしてフィニッシュに使用していたことを考えると興味深い結末となりました。
前日、長州と壮絶な果たし合いを行った藤原喜明は星野勘太郎と組んで小林邦昭、寺西勇組の維新軍と対戦し寺西相手にチョーク攻撃を行い反則負け。
去る人間がいればデビューする人間もいます。新日本プロレスの歴史はある意味これの繰り返しでまさに人材の宝庫でした。
この日、佐野直喜、山田恵一(共に当時19歳)がデビュー。佐野は第1試合で出戻りの仲野信市に逆エビ固めで、山田は3年先輩にあたる小杉俊二に片エビ固めで敗れています。
2人とも32年後、50歳を超えても現役(山田は変身)で活躍しているのは凄いことかと思います。
4日の後楽園のメインは猪木、木村健、藤原組vs長州、浜口、寺西組の正規軍と維新軍の遺恨試合が今シリーズ初めて実現。
勢いに乗る維新軍はまたも藤原に報復攻撃、合体殺法の数々で試合の主導権を握りました。猪木も維新軍にコーナーに逆さ吊りにされる失態。
試合はグロッキー気味の木村健になおも攻撃を加えようとした浜口が制止に入ったレフェリーのミスター高橋に暴行を加えての反則負けとなっています。
セミで藤波は坂口と組んでマードック、ダンカン組と対戦。藤波がダンカンを逆さ押さえ込みに決めての勝利。
第1試合では前日デビューしたばかりの佐野と山田のヤングライオン同士の試合が組まれ、山田が逆エビ固めで佐野をギブアップさせプロ初白星を飾りました。
藤波の猪木とのタッグ拒否で正規軍は明らかな戦力ダウンとなりました。
一方、全米制圧を狙うビンス・マクマホン率いるWWFは2月10日、NWAの総本山であるミズーリ州セントルイス・キールオーデトリアムに侵攻。11000人の観客を集めました。
日本から帰国したばかりのWWF世界ヘビー級王者ハルク・ホーガンはマスクド・スーパースターに反則勝ち。
初のセントルイス進出を大成功に終わらせたビンスは2月20日本拠地のニューヨーク・MSGで定期戦を開催。
ホーガンはトランクスとシューズ、サポーターを全て黄色で統一したハルカマニアスタイルで登場しポール・オーンドーフと両者リングアウトでWWF世界王座を防衛。
アンドレ・ザ・ジャイアントはMスーパースターをヒッププッシュで圧殺しています。
次回3月26日の定期戦では新間寿が何かを仕掛ける為に渡米することが決まっておりこちらの動向も大いに注目が集まりました。
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