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2026年04月10日07:13

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【特別編】マイティ井上さん追悼(245)

87年全日本プロレス「創立15周年記念サマー・アクション・シリーズ2」での新日本プロレスとの興行戦争ですが、長州力率いる長州軍団がUターン参戦し陣容が充実した新日本プロレスは8月19&20日の両日、両国国技館において日本人選手だけによる「サマーナイトフィーバーIN国技館」を開催。

観客動員は初日の19日が11,070人、2日目の20日が11,570人発表でいずれも超満員札止め。ナウリーダーvsニューリーダーの対立図式でしたが、ナウリーダーのマサ齋藤がパスポート紛失で入国出来なくなり、代わりに当時24歳の武藤敬司がナウリーダー側に入れられたことで対立のコンセプトが曖昧になってしまいました。

初日19日はナウリーダーチーム、アントニオ猪木&坂口征二&藤原喜明&武藤&星野勘太郎組vsニューリーダーチーム、藤波辰巳&長州&前田日明&木村健吾&スーパー・ストロング・マシン組の5対5イリミネーションマッチがメインイベント。猪木が前田のフライング・ヘッドシザースで両者場外失格となり中盤で姿を消したことでニューリーダーが有利となり、長州が1人残りの武藤をリキラリアットに決め藤波が最後に25分5秒、ジャーマン・スープレックスホールドで武藤をフォールしニューリーダーチームのワンサイドゲームで終了。

20日のメインイベントは、本来は猪木&M齋藤組vs藤波&長州組でしたが、前述した理由でM齋藤のところには武藤が入りました。この試合も例によって猪木が武藤を「愛の鞭」として見殺しにした為、藤波&長州組の一方的な試合となり、15分41秒、長州がリキラリアットからの体固めで武藤を降しています。武藤にはまだまだM齋藤の代役は務まらなかった、ということになりますが、「スペース・ローンウルフ」時代の武藤は新日本プロレスのファンからの後押しも不十分であり、

他にも、2日間を通じて越中詩郎が右足腓骨骨折の為に返上したIWGPジュニア・ヘビー級王座決定トーナメント(小林邦昭が高田延彦を決勝で破り王座獲得、小林はこれで全日本プロレスの世界ジュニア・ヘビー級王座と併せて、全日本、新日本両団体の「新設された」ジュニア・ヘビー級王座に就いた最初の選手となった)や2日目にはニューリーダー同士の前田vsマシンの「同期対決」のシングルマッチ(試合中に右肩を脱臼したマシンが前田のV1アームロックでレフェリーストップ負け)など注目のカードもありましたが、肝心のメインは盛り上がりに欠けたまま2日間の興行が終わりました。

20日の2日目はジャパンプロレス分裂騒動によりケジメの引退を表明したアニマル浜口の引退セレモニーが行われています。(90年代に入り、新日本プロレス、WAR、新日本の平成維震軍興行での昭和維新軍などで限定復帰)

新日本の両国2DAYSから11日後の8月31日に全日本プロレスの日本武道館大会が開催され、天龍革命始動後の初の鶴龍対決が組まれ、こちらは12,100人(満員)発表の観客を動員。他にスタン・ハンセンと谷津嘉章のPWFヘビー級選手権試合もありましたが、総花的な新日本プロレスとは対象的に鶴龍対決一本でお客を呼んだ、と言っていいでしょう。

日本武道館(定員14,214人)、両国国技館(定員11,000人)の差や新日本プロレスが2DAYSであったことを考慮しても集客では新日本プロレスに軍配を上げざるを得ないところですが、内容からいけば鶴龍対決の方が上回ったと言えます。

全日本プロレスが「創立15周年記念サマー・アクション・シリーズ2」を8月21日、仙台・宮城県スポーツセンターで開幕させた3日後の8月24日、新日本プロレスは後楽園ホールで「戦国合戦シリーズ」を開幕させています。

このシリーズは大会場でのニアミスバッティングはありません。後楽園ホール大会は全日本が9月15日(2,250人満員発表)の1回だけだったのに対し、新日本は8月24日(1,840人発表)、8月29日(UWF主催興行、2,250人超満員札止め)、9月19日(2,200人満員発表)と3回開催。

日にちの一番近い全日本の9月15日(ハンセンvs輪島大士のPWFヘビー級選手権試合、ジャンボ鶴田&ザ・グレート・カブキ組vs天龍&阿修羅・原組、渕正信vs川田利明の世界ジュニア・ヘビー級選手権試合)と新日本の9月19日(ノーテレビ、猪木&藤原組vs藤波&長州組、M齋藤vsディック・マードック、上田馬之助&ケンドー・ナガサキ&星野組vs前田&マシン&木戸修組)が比較対象にするのが公平かと思いますが、こちらは豪華ラインナップだった全日本の勝利と言えます。

新日本プロレスもこのシリーズは両国2DAYSの後だけに東京の大会場の興行はなく、9月1日、福岡国際センター(猪木vsマードックのIWGPヘビー級選手権試合、前田&高田組vs藤原&山崎一夫組の同タッグ選手権試合)は4,860人発表と満員には成らず。

シリーズ天王山の9月17日大阪府立体育会館は6,880人(超満員発表)となりましたが、メインイベントはここでもナウリーダーチームvsニューリーダーチームの5対5イリミネーションマッチ、猪木&坂口&M齋藤&藤原&マードック(当初の星野と交代)組vs藤波&長州&前田&マシン&高田組を開催。

M齋藤が藤波にバックドロップ4連発を決め、フォールに入ろうとしたところを何故か猪木がM齋藤にナックルパンチを見舞い妨害、28分8秒、自分がグロッキーの藤波に覆い被さり体固めでフォールを奪いました。

世代抗争に限界を感じた猪木はM齋藤との「巌流島決戦」をぶち上げ、一人独走、というか迷走状態へ。

5対5イリミネーションマッチは前86年3月26日東京体育館で猪木が前田とのシングル対決を回避した代替手段として初めて新日本vsUWFの対立構造の中で行われ、(猪木&藤波&木村健&上田&星野組vs前田&藤原&木戸&高田&山崎組)上田が前田の蹴り足を掴んで場外心中に出た「名仕事人ぶり」も高く評価され、最後に猪木が高田、木戸を連破して勝ったことから名勝負として非常に高い評価を得た試合でした。 

しかし、本来ゲーム性が強く、優勝劣敗が観客の目から見て判断がつきづらいイリミネーションマッチは回数を重ねる毎にマンネリ化して飽きられつつありました。

また、長州軍団が新日本に戻って来た段階で早々に猪木がナウリーダーvsニューリーダーの世代抗争にシフトチェンジしてしまったことも、結果的には失敗。

やはり、新日本本隊、UWF、長州軍団とイデオロギーの異なる3つを対立させないとリアリティーに欠け、本来、対立すべき本隊の藤波、UWFの前田、長州軍団の長州が仲良くユニットを作っていたのでは緊張感を欠いた試合になってしまいますし、またナウリーダーチームも猪木以外では第一線から退きつつあった坂口、日本に常駐出来ないM齋藤、UWFのナンバー2だった藤原に後は中堅の星野ではニューリーダーチームに比べて戦力は劣りました。

持病の糖尿病悪化により体力の衰えが目立つ猪木が前田、長州を相手に観客を納得させられる試合が出来なくなって(特に前田に試合中に仕掛けられた時の対応)来たことが要因として考えられますが、折角、佐山聡の初代タイガーマスクがいなくなった以外はUWF、ジャパンプロレス誕生以前と遜色ないメンバーが集まっていながらマッチメイクの拙さによりリング上が盛り上がりを欠く事態になってしまいました。

4月よりリニューアルスタートしたテレビ朝日「ギブUPまで待てない!ワールドプロレスリング」もプロレスとバラエティ番組の融合がストロングスタイル信者である新日本プロレスファンにソッポを向かれ、7月の第2クールからは試合中心の放送スタイルに戻したものの、一度下がった視聴率は戻らず、半年で打ち切り。

10月の番組改編期からは再び毎週月曜日午後8時からに放送時間を戻すことになりました。

それと比較すると「全日本プロレス活性化の為」に革命を起こし「鶴田、輪島を怒らせて本気にさせる」を旗印にし、全日本本隊と反対側のコーナーに立った天龍同盟は全くブレておらず試合の説得力、激しさにおいては新日本プロレスを凌駕していたと、これだけはハッキリと言えます。
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