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2026年01月26日07:12

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週プロ流智美あの日あの時予想2025年総括(20)

第391戦、5月21日発売号●【予想】猪木、ローデスと半年ぶりに対戦し辛うじてリングアウト勝ちを拾う、第3回MSGシリーズ決勝リーグ戦、アントニオ猪木vsダスティ・ローデス(80年新日本プロレス宇都宮・栃木県体育館)【正解】「猪木が生涯たった一度のモントリオール登場でNWF奪回戦、NWF世界ヘビー級選手権試合、タイガー・ジェット・シンvsアントニオ猪木(75年5月19日【現地時間】カナダ・ケベック州モントリオール・ポール・サウべ・アリーナ)

【参考】2014年5月21日発売号は、春の本場所「第1回ワールドリーグ戦」が開幕、第1回ワールド・リーグ戦開幕戦(59年日本プロレス東京体育館)

【予想解説】79年新日本プロレス「闘魂シリーズ」に「アメリカン・ドリーム」ダスティ・ローデスが特別参加、第5戦は11月1日札幌中島スポーツセンターで猪木のNWFヘビー級王座に挑戦しています。

ローデスは来日前の8月21日、フロリダ州タンパでハーリー・レイスを破り、第53代NWA世界ヘビー級王者なりましたが、5日後の8月26日、フロリダ州オーランドでレイスのリターンマッチを受けて防衛に失敗し5日天下に終わりました。

ローデスを破って第54代NWA世界ヘビー級王座に3度目の戴冠を果たしたレイスは同時期に開催されていた全日本プロレスの「ジャイアント・シリーズ」に特別参加。

奇しくも前日10月31日、愛知県体育館で馬場がレイスに挑戦、18分29秒、ランニング・ネックブリーカードロップからの体固めでフォール勝ちし約5年ぶりにNWA世界ヘビー級王座を獲得していました。

それだけにファン、マスコミは試合内容もさることながら、猪木がローデスから一本勝ち(フォール、ギブアップによる勝ち)することが期待されていた試合と言っていいでしょう。

ローデスは「カクトウギのテーマ」で入場、オレンジを基調とした豪華絢爛なコスチュームを着用しての入場です。続いて猪木の入場。 ローデスの右肘には赤いサポーター、試合前に握手をしようと手を差し出す猪木ですが、ローデスはこれを拒絶。

試合開始のゴングが鳴るといきなり両者ともロープに飛ぶ。ぶつかり合いは135kgのローデスが有利。ショルダータックルで吹っ飛ばすとボディスラムで猪木をマットに叩きつけ、コーナーマットに飛ばしていきます。

ローデスはコーナーの猪木に突進して古舘伊知郎アナウンサー命名の「ファッショナブル爆弾」バイオニック・エルボーを狙うが猪木がかわす。両者ともスピーディーな攻防を展開。

ローデスは猪木の首をつかんで強引な首投げで投げ捨ててからの、エルボードロップ、は猪木がよける。ローデスはもう一度エルボードロップ、これも猪木がかわしてローデスは自爆の連発。

「よっしゃ!」と闘魂全開の猪木がローデスに向かいますが、ローデスは突然腰振りダンスを見せて猪木の闘志をすかしてそのまま場外にエスケープしています。

猪木はショートレンジからのドロップキック、ローデスが場外に転落。ローデスののらりくらりしたペースに怒りモードの猪木はこれを追って場外へ、ローデスの額を鉄柱に叩きつけました。「反則だっ!」ローデスのセコンドについていたペドロ・モラレスは怒って猪木に手を出しました。

ローデスは額から大流血。猪木は4月3日福岡スポーツセンターでのレフトフック・デイトン戦でみせた秘密兵器のヘッドバットをローデスの割れた額めがけ打ち付けていきます。

攻防はリング上へ、猪木がローデスをロープに飛ばしてカウンターのコブラツイスト。これはローデスが腰投げでクリア。 猪木はショートレンジからのドロップキック、フォールにいきましたがカウント2。

猪木はローデスに突進、そこへローデスが猪木の頭部にカウンターのバイオニックエルボー、そのままフォールの体勢に。ローデスは両脚をロープに掛けて体重を乗せていきます。しかしこれは高橋レフェリーが見ておりカウントは入れません。

カウント3が入ったとばかりローデスは自ら勝利をアピール。リング下のセコンドのモラレスが本部席にあったNWFのベルトを持ってエプロンに上がり、ローデスに渡そうとします。これを見ていた高橋レフェリーがモラレスとローデスからベルトを取り上げにかかりましたが、いくら鍛えているとは言え、プロレスラーの力には敵わず、ローデスは高橋レフェリーを突き飛ばし、高橋はダウン。

ローデスが猪木に背中を見せた瞬間、ローデスのバックに廻った猪木はローデスをロープに押し付けて一回転、ジャパニーズ・レッグロール・クラッチホールド(回転足折り固め)。ブリッジも首を痛めていた近年の猪木ながら綺麗なブリッジでした。

高橋レフェリーはうつ伏せにダウンしたままでカウントが入らない。しびれを切らした猪木が技を解き、高橋レフェリーに詰め寄りましたが、猪木の背後からローデスがスローモーションでダンスを見せながら接近し、バイオニック・エルボー、場外に転落してダウンしている猪木に、ローデスがエルボードロップの連発。ここで試合終了のゴングが要請され17分1秒、猪木の反則勝ちで、25度目の防衛に成功しました。

猪木としてはスッキリ勝ちたかったでしょうが、相手が全米のスーパースター、ローデスではそう簡単にはいきませんでした。

判定に不満の両者は、翌週11月8日小樽市総合体育館でノンタイトルでの再戦が決定。この試合はWWFヘビー級王座挑戦者決定戦として行われることになりました。

小樽大会で猪木とローデスが再戦。両者は「WWFヘビー級王座次期挑戦者決定戦」ノンタイトルのシングルマッチ60分1本勝負で対戦しました。

猪木が「お前(ローデス)が俺に勝ったらWWF王座への挑戦権をくれてやる」的なノリでこの試合形式になった訳ですが、ローデスは前半戦の特別参加。ボブ・バックランドが参戦する終盤戦には帰国して不在、高額ギャラのローデスが残留するとはまず思えない…。

既に11月30日徳島市立体育館と、12月6日蔵前国技館ではバックランドと猪木によるタイトルマッチ2連戦が発表されてチケットも売り出されており、このマッチメイクはいささか無理筋というものですが、昭和の時代なのでそこら辺は、特に突っ込む人もおらず。

試合は猪木が怒りの鉄柱攻撃により、ローデスは額から流血、猪木はアリキック、4月3日、福岡スポーツセンターでのレフトフック・デイトン戦で見せた秘密兵器のヘッドバット連発、ローデスは場外に転落、猪木もこれを追い場外でローデスにナックルパートを見舞い、ダウンしたローデスを尻目にリングイン、猪木は上がってきたローデスにブレーンバスターを見舞いフォールに入りましたが既に判定は降った後でした。

13分52秒、猪木のリングアウト勝ちが宣せられ、これで11月30日、徳島市立体育館でバックランドのWWFヘビー級王座に挑戦が正式決定しています。

翌年80年の新日本プロレス「第3回MSGシリーズ」にローデスは決勝リーグ戦から参加、5月21日、宇都宮・栃木県体育館で猪木と公式戦で3度目の対戦をしています。(45分1本勝負)過去反則とリングアウトで猪木が2戦2勝していますが、左足の負傷が癒えない猪木には嫌な相手。

ローデスは猪木の脳天にバイオニックエルボー、猪木もコブラツイストで対抗。

猪木が見せた延髄斬りでローデスは場外に転落、これを追う猪木、場外でローデスはエルボー、ニードロップと猪木を追い詰めましたが、猪木は場外でローデスの攻めを受け続けて時間稼ぎをし、場外でのナックル・パートで反撃、カウント20ギリギリでリングに滑り込み、8分44秒、リングアウト勝ちを拾いました。猪木は14点、ローデスは5点となりました。

【正解解説】73年5月に何の前触れもなく新日本プロレスのリングを襲撃したタイガー・ジェット・シン。73年11月5日には新宿・伊勢丹前で買物中の猪木、倍賞美津子さん夫妻を襲撃するなど狂気の沙汰を展開。74年6月26日大阪府立体育会館でのNWF世界ヘビー級選手権試合では、猪木がシンの右腕を折るという恐怖のアクシデントを生みました。

75年2月11日NWF本部はシンを挑戦者に指名して日本に送り込んで来ましたが、猪木は「挑戦者としての資格に欠ける」としてこれを拒否し、ニューヨーク州バファローにあるNWF本部に乗り込んでベルトを返上。

王者にベルトを返上されたNWFでは責任を取ってデビッド・ヘルマン(ディック・フェラルドマンと表記している文献も有り)会長が辞任。NWFでは特使として猪木の師匠であるカール・ゴッチを派遣、猪木にベルト返上を取りやめさせるよう説得にあたりましたが、猪木は「筋を通す」としてベルトは返上。その代わりシンと王座争奪二番勝負を行うことを了解しました。

第1戦は75年3月13日広島県立体育館で行われ、猪木がシンの秘密兵器ブレーンバスターからカウンターの凶器入りナックルパンチの前に19分26秒、体固めでフォール負け。「挑戦者としての資格に欠ける」シンに王座を奪われてしまいました。

3月20日蔵前国技館では新王者となったシンに猪木が挑戦。猪木はシンを鉄柱攻撃、ナックルパートで流血させ試合を有利に運びましたが、19分1秒、両者リングアウトで逃げられ、シンが初防衛。NWF世界王座は海外流失となりました。  

「第2回ワールド・リーグ戦」が終了するとすぐに猪木はカナダに渡り、75年5月19日ケベック州モントリオールのポール・サウベ・アリーナでタイガー・ジェット・シンのNWF世界ヘビー級王座に挑戦。

この大会は地元のテレビ局の制作協力を得て、NET(テレビ朝日)が放送することが決定していましたが何と現地のテレビ局がストライキを起こして協力は得られず。

当時「ワールドプロレスリング」の実況をしていた舟橋慶一アナウンサーは「持ってきていた8ミリビデオで撮ることになり、猪木さんに『今日の試合、3本勝負でお願いします』と頭を下げに行きましたよ」と述懐。つまり1本終わる度にフィルムを入れ換える作業をしなくてはなりませんでした。

1本目は7分18秒に猪木が逆さ押さえ込み、2本目は5分11秒にシンがコブラクローから体固め、決勝の3本目は3分47秒、猪木が反則勝ちとなりましたが、ルールによりタイトルの移動はなし。

猪木は舟橋アナウンサーの申し出をキチンと理解し、8ミリフィルム3本に収まるように試合を終わらせたのでした。 

※対戦成績は391戦61勝330敗、勝率156。

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