73年1月は日本プロレス、国際プロレス、新日本プロレス、全日本プロレスの4団体が新春シリーズを開幕させる群雄割拠の正月になりました。
日本プロレスは1月5日、後楽園ホールで「新春チャンピオン・シリーズ」、国際プロレスは1月6日、大阪府立体育会館で「新春パイオニア・シリーズ」、ノーテレビの新日本プロレスは少し遅れて1月11日、足立区体育館から「新春バッファロー・シリーズ」(丑年に因んで)、全日本プロレスは1月6日、岐阜市民センターで「新春ジャイアント・シリーズ」を開幕させています。
国際プロレスの「新春パイオニア・シリーズ」参加外国人はザ・プロフェッショナル(ダグ・ギルバート、1月9日より参戦)、ラリー・ヘニング、マイク・パドーシス、イワン・ストロゴフ、グラン・ラパン(オットー・ワンツ)、ケン・パテラ。
開幕戦の1月6日、大阪府立体育会館(テレビ収録、観衆3,500人発表)大会、メインイベントはストロング小林&グレート草津組がストロゴフ&ラパン組の欧州勢と対戦。1本目は12分32秒、ラパンが小林を体固め、2本目は9分13秒、草津がストロゴフをエビ固め、決勝の3本目は10分47秒、小林がラパンを体固めに決めて2−1で小林&草津組が勝っています。
「グラン・ラパン」とは「大きな兎」の意で、ある意味ブラックジョーク的なリングネームですが小林同様「気は優しくて力持ち」のオットーらしい名前だと思いますが国際プロレスのオフィスがつけたリングネームのようです。
セミファイナルとして「AWAバトルロイヤル」(オーバー・ザ・トップロープにより退場となるルール)が行われ(参加人数不明)15分17秒、寺西勇がヘニングをオーバー・ザ・トップロープで破り優勝。正月のバトルロイヤルと言えば日本では全日本プロレスが75年1月3日に初開催、以後すっかり正月の風物詩として定着(76、85、86年は開催なし)していますが、日本での「パイオニア」は国際プロレスでした。
マイティ井上はパドーシスとシングルマッチ45分3本勝負で対戦、1本目は10分58秒、パドーシスが体固め、2本目は1分27秒、井上が体固め、決勝の3本目は7分56秒、井上が体固めで連取し2−1で井上の勝利。
ヘニングは寺西とシングルマッチで対戦、10分7秒、体固めでフォール勝ち。寺西は本戦で負けた借りをバトルロイヤルで返した形になりました。
初来日のパテラは72年ミュンヘン五輪重量挙げアメリカ代表。オリンピックボーイ大好きのバーン・ガニアにスカウトされてプロレス入り。開幕戦ではミスター珍&稲妻二郎組と1対2ハンディキャップマッチで対戦、16分46秒、ベアハッグで珍をギブアップさせています。
また、この日新人の栄勇(スネーク奄美)がデビュー、栄は51年鹿児島県出身の当時21歳、中学校卒業後大相撲井筒部屋に入門しましたが廃業、その後プロレスラーを目指して高校に進学し、県大会、インターハイに出場、20歳で高校を卒業し前72年に国際プロレスに営業部員として入社。営業で全国を回りながらトレーニングしデビュー。相撲、アマレスで格闘技の下地はしっかりしていました。栄は第1試合で米村勉(天心)に12分55秒、片エビ固めで敗れています。
1月9日、大分県営体育館(観衆5,500人超満員発表)大会から今シリーズのエース格であるマスクマンのプロフェッショナルが参加。正体は71年2月、日本プロレス「ダイナミック・ビッグ・シリーズ」に来日したDギルバート。(90年代にスプラッター系モンスター、フレディ・クルーガーとしてW★INGに来日する選手とは別人)
プロフェッショナルはパドーシスと組んで、メインイベントで井上&田中組と対戦、1本目は12分27秒、井上がプロフェッショナルを体固め、2本目は20分1秒、プロフェッショナルが井上を体固め、決勝の3本目は60分時間切れとなり1−1の引き分けとなりました。
セミファイナルは小林と強敵ヘニングのシングルマッチ45分3本勝負、1本目は18分15秒、小林が体固め、2本目は5分12秒、ヘニングが逆エビ固め、決勝の3本目は3分12秒、小林が逆エビ固めのお返しでヘニングをギブアップさせて2−1で小林の勝利。
草津とストロゴフの45分3本勝負がセミ前に組まれ、1本目は13分15秒、草津が片エビ固め、2本目は5分5秒、ストロゴフが逆片エビ固め、決勝の3本目は4分42秒、草津がエビ固めで取り、2−1で草津に軍配が上がりました。
パテラは寺西を14分47秒、ベアハッグでギブアップさせて、大剛鉄之介とラパンのシングルマッチは17分22秒、大剛の反則勝ちに終わりました。
1月11日、宮崎県体育館(テレビ収録、観衆3,500人発表)大会。大分県同様にTBSネットワークが強く、常に満員、超満員の観客を動員していた宮崎大会でしたがこの時は苦戦しました。やはりテレビ放送時間が30分に短縮された影響か…。
メインイベントは小林vsヘニングのシングルマッチ60分3本勝負、1本目は6分55秒、小林が体固め、2本目は2分41秒、ヘニングが片エビ固め、決勝の3本目は14分2秒、両者リングアウトとなり1−1の引き分けとなりました。
セミファイナルは井上とプロフェッショナルのシングルマッチ45分3本勝負。1本目は13分25秒、プロフェッショナルが体固め、2本目は1分18秒、井上が体固め、決勝の3本目は4分19秒に井上がリングアウト勝ちを収めて2−1で最後はリングアウトながら井上がエース外国人のプロフェッショナルに勝ってしまいました。
プロフェッショナルは1月20日、福岡九電記念体育館で小林のIWA世界ヘビー級王座に挑戦が決定しており、タイトルマッチ本番前に井上に負けてしまっては流石に駄目だと思います。
草津はラパンを20分26秒、アバラ折り(コブラツイスト)でギブアップさせ、田中とパドーシスのシングルマッチは17分22秒に両者リングアウトの引き分け。寺西とストロゴフは12分25秒、ストロゴフが体固めでフォール勝ち、パテラは珍&稲妻組と1対2ハンディキャップマッチを行い、6分39秒、ベアハッグで珍からギブアップを奪いました。まあ、当時はベアハッグしか出来なかったのかと思います。
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