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2025年03月20日08:09

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【特別編】マイティ井上さん追悼(56)

85年全日本プロレス「激震!サンダー・ウォーズ」第21戦、6月8日、高松市民文化センター(観衆4,500人満員発表)大会。

本連載の84年ジャパンプロレス旗揚げ興行(12月4日同所)の項でも書きましたが、高松市民文化センターと言えば新日本プロレスが「ワールド・リーグ戦」、「MSGシリーズ」、「IWGP」など春の本場所のテレビ中継のある重要な大会が開催されていた会場として知られて来ました。

新日本プロレスの高松、岡山武道館の興行を買っていたプロモーターの瀬戸内プロ企画の植田巌代表はジャパンプロレスの社長、大塚直樹が新日本プロレス営業部長だった頃から懇意にあり、瀬戸内プロの代表がジャパンプロレスの前身である新日本プロレス興行の株主に名を連ねていたところから、新日本プロレスから全日本プロレスに鞍替え。新日本プロレスは前々日の金沢の永源遙ルートに続き、重要なマーケットであった高松、岡山も全日本、ジャパンに持っていかれてしまった訳です。

第7試合でマイティ井上にダイナマイト・キッドが挑戦したNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級選手権試合が行われました。キッドの初来日は79年7月の国際プロレス「ビッグ・サマー・シリーズ」ですがこの時は井上はヘビー級で闘っており、対戦は実現せず。シングルでは初対決となりました。

試合は井上がグラウンドではコントロール、片腕で首を決めながら片足をホールドする複合技で優位に進めていきます。さらにドリルアホール・パイルドライバーからフォールにいくもカウントは2。

キッドのダイビング・ヘッドバットは井上にかわされて自爆。勝機と見た井上は得意のサマーソルト・ドロップ、さらにもう一発、しかし2発目をキッドがかわし自爆、不用意に立ち上がった井上をキッドが一瞬の隙をついて逆さ押さえ込み、レフェリーの和田京平がカウント3を入れました。

11分47秒、井上は7度目の防衛に失敗、ベルトが移動しキッドが第13代王者となりました。

キッドは日本では前84年2月に新日本プロレスでWWFジュニア・ヘビー級王座を獲得しており、日本では2度目のジュニア・ヘビー級のベルト戴冠となりました。

メインイベントは鶴田&天龍源一組の鶴龍コンビと長州力&アニマル浜口組の元祖維新軍の対戦。5月17日旭川市総合体育館常盤分館の開幕戦でのメインと同一カードでの再戦となりました。旭川では天龍が浜口からパワーボムでフォールを奪い、鶴龍コンビが勝っていますが、この日はジャパン主催興行とあって長州&浜口組は連敗は許されません。 

試合は12分27秒、天龍をコーナーに逆さ吊りにした長州、浜口が暴走し制止に入ったレフェリーに暴行を加え12分27秒、ジャパン軍の反則負けとなっています。

セミファイナルは馬場&石川敬士&グレート小鹿組とタイガー・ジェット・シン&ラッシャー木村&テリー・ゴディ組の一戦。9分33秒、シンがコブラクローからの体固めで小鹿をフォールし、シン軍団の勝利。

アニマル&ホークのザ・ロード・ウォリアーズは大熊元司&ターザン後藤組と対戦、アニマルがT後藤をベアハッグに捕らえてホークがセカンドロープからのダイビング・ラリアット。2分11秒、ホークがT後藤を体固めに決めています。

谷津嘉章&寺西勇組vsデービーボーイ・スミス&カナディアン・ルイス組は8分48秒、谷津がルイスをワンダー・スープレックス(フロント・スープレックス)から片エビ固めで破りました。

6月10日に元国際プロレス(登記上の法人名はインターナショナル・レスリング・エンタープライズ株式会社)代表で新日本プロレスの顧問であった吉原功が胃癌の為、入院先の埼玉県大宮市(現さいたま市大宮区)の病院で亡くなりました。享年55歳。

6月13日に行われた告別式では元国際プロレスの選手を代表してR木村が弔辞を読み上げ、6月21日、日本武道館で馬場のPWFヘビー級王座に挑戦が決定しているR木村は「必ず馬場を倒してみせます」と早逝した恩師に誓いました。

この日は夜から古河市立体育館(観衆3,400人満員発表)で「激震!サンダー・ウォーズ」の最終戦が行われています。

無冠となった井上はグラン浜田と組んで渕正伸&川田利明組と対戦、9分16秒、井上がサマーソルト・ドロップから川田を体固めで降しました。

メインイベントは馬場&鶴田&天龍組の全日本プロレス最強トリオがTJシン&ゴディ&ミラノ組と対戦、10分19秒、鶴田が鮮やかなバックドロップからの体固めで長身のミラノをフォールし、最終戦を白星で飾りました。

セミファイナルは長州&谷津組がアニマル&ホークのロード・ウォリアーズと対戦。谷津がホークに逆エビ固め。これをプッシュアップで「効かない」とパフォーマンスしていたホークでしたが、ジリジリと腰にダメージが溜まっていきました。そこへマネージャーのポール・エラリングがイスを持って乱入、逆エビをかけている谷津の背中めがけて思い切りイスで殴り付け、6分9秒、ウォリアーズの反則負けとなりました。

セミ前に組まれたのはキッドのNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王座にジャパンプロレスの「虎ハンター」小林邦昭が挑戦。新日本プロレス時代から何度も対戦しているライバル同士の一戦となりました。

小林邦がキッドにブレーンバスター、しかしキッドはレフェリーの身体を故意に小林邦にぶつけ、レフェリーはダウン。キッドはツームストン・パイルドライバー、ダイビング・ヘッドバットを小林邦に見舞い、フォールのは体勢に入りましたが立ち上がったレフェリーがキッドが故意に反則を行ったとしてカウントを取らず、怒ったキッドがレフェリーを突き飛ばして9分56秒、キッドの反則負けを宣告。

PWFルールによりベルト移動となり、小林邦がタイトル獲得。ジャパンプロレス勢の中では初の全日本プロレスの管理するタイトルホルダーになりました。キッドは5日天下の短命王者に終わっています。

浜口&寺西勇&栗栖正伸組とR木村&鶴見五郎&剛竜馬組、こちらも6人中5人が国際プロレス出身。吉原氏死去でマッチメーカーの佐藤昭雄が同窓会マッチ的に組んだか…。とは言え「国際」の名前を冠しているのはヒールの国際血盟軍、大将のR木村が8分51秒、栗栖をブルドッキング・ヘッドロックからの体固めに決めて馬場戦ヘ弾みを付けています。

タイガーマスク&石川組vsスミス&ルイス組は10分44秒、石川がルイスからサソリ固めでギブアップ勝ちしています。

日本人選手のみのワンナイト興行、全日本プロレス、ジャパンプロレス業務提携1周年記念「スペシャル・ウォーズIN武道館」は6月21日日本武道館(テレビ収録、観衆12,000人満員発表)で行われています。私はこの興行は観に行きました。

同大会は翌6月22日、午後7時30分より90分枠の「土曜トップスペシャル」で録画中継されました。

全日本プロレスの日本武道館進出は単独では初となる77年5月14日、「第5回チャンピオン・カーニバル」優勝決定戦以来実に8年ぶり2度目。この時が10,500人発表と満員にはならず、平成に入ってからは常に日本武道館超満員が当たり前だった全日本プロレスもこの時はまだ日本武道館はワンランク上の会場で、満員にするのも難しい時代でした。

井上は浜田との全日本プロレス&UWA混成軍でジャパンプロレスの寺西&栗栖組と対戦。浜田と栗栖は共に72年の新日本プロレス旗揚げイヤーに入門しており新日本、国際同窓会マッチ的な組み合わせとなりましたが10分2秒に両チームリングアウトの引き分けとなりました。

この日はトリプルメインイベントとして行われ、トリプルメイン第3試合は馬場のPWFヘビー級王座に国際血盟軍の大将、R木村が挑戦。6月10日に元国際プロレス社長、吉原功氏を亡くしたばかりとあってR木村とセコンドの国際血盟軍は黒い鉢巻を着けての登場。

馬場とR木村は過去2回シングルで対戦、初回は75年12月17日千葉公園体育館でのオープン選手権公式戦。アブドーラ・ザ・ブッチャーの乱入により額を割られ流血したR木村が6分53秒、河津落としからの体固めでフォール負け。

2度目は78年2月18日蔵前国技館での日韓三軍対抗戦で馬場が足4の字固めをかけたままR木村が頭からエプロンに逆さ吊りとなり、特別レフェリーの芳の里がブレイクせずカウントを数えるという「世紀の理不尽判定」で11分15秒、R木村がリングアウト負けといずれもR木村にとっては不本意な結果に終わっています。

3度目のベルトを賭けたシングル戦、R木村は得意のヘッドバット、ラッシング・ラリアットと馬場を追い込みましたが決定打と成らず、12分34秒、馬場がR木村をロープに飛ばしてのランニング・ネックブリーカードロップからの体固めで馬場のフォール勝ち。

3カウント直前、R木村のセコンドである鶴見五郎がR木村の左足をサードロープにかけましたが、レフェリーは気づかず。鶴見は「足がロープにかかっていた」とアピールしましたが判定は覆らず。

この「足がロープにかかっていた」は2年前の83年4月3日新日本プロレスの蔵前国技館、猪木vsR木村のIWGPアジア・ゾーン予選でも見られたフィニッシュシーンでしたが(14分1秒、猪木の延髄斬りでR木村がフォール負け、カウント2でR木村は左足をサードロープにかけ、セコンドのアニマル浜口がアピールするも無効となる)、この焼き直しだったと思います。馬場は3度目のタイトル防衛に成功しています。

トリプルメインイベント第2試合は天龍のUNヘビー級王座に長州が挑戦する一戦。しかし、試合前のセレモニーの際、長州がベルト返還の時に立会人が確認に来た時にベルトを投げ捨てる暴挙に出て、長州はタイトル挑戦を拒否。試合は急遽ノンタイトル戦に。

ジャパンプロレスの大将である長州は全日本のナンバー3である天龍が保持するUNヘビー級王座に挑戦というのはプライドが許さなかったか?

天龍も長州のこの行為は許せなかったか、試合は最初から荒れムード。長州はエプロンの天龍の額を鉄柱に叩きつけ、さらにコーナーの金具に何度も打ち付けていきました。制止に入ったレフェリーも突き飛ばし、19分2秒、長州の反則負けとなりました。両者のシングル戦での対戦成績は1勝1敗。

トリプルメインイベント第1試合は全日本対ジャパン軍団抗争、鶴田&石川組と谷津&浜口組の対戦。試合は鶴田と谷津が場外乱闘、浜口が場外の谷津の援護に回るべく、コーナーポストに昇ったところ鶴田がエプロンから浜口を攻撃。4者入り乱れての乱戦となりましたが試合権利のある石川が先にリングに上がり9分38秒、石川が浜口にリングアウト勝ち。

この時に私は鶴田が場外で頭を打ったフリをしてエプロンにもたれ、石川と浜口が乱闘となり石川が先にリングに上がったのを「確認」していたのが客席から見えてしまいました。テレビには映らなかったシーンです。

6月13日古河市立体育館でキッドに反則勝ちで新NWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王者となった小林邦昭の同王座にタイガーマスクが挑戦。11分29秒、小林がフィッシャーマンズ・スープレックスホールド(網打ち式原爆固め)でフォール勝ちし初防衛に成功しています。

試合後、来場していた大仁田厚が小林に突っかかり、場内は一時騒然となりましたが、大仁田はそれ以上の介入はしませんでした。

先の「激震!サンダー・ウォーズ」の3大会に予告なしに参戦し、6月2日後楽園ホール大会に乱入した阿修羅・原が復帰後初の東京での試合に出場、ハル薗田とシングルマッチを行い、57秒、ヒットマン・ラリアットからの体固めで秒殺勝利。

全日本対国際血盟軍、小鹿&大熊&渕正伸と鶴見&剛&アポロ菅原組は9分47秒に大熊が菅原をジャンピング・ヘッドバットから体固めに決めて全日本軍の勝ちとなりました。
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