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2025年02月17日07:23

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週プロ流智美あの日あの時予想2024年総括(42)

第363戦、10月30日発売号●【予想】坂口、南アで新日本プロレス入団以来初のシングル王座を獲得、EWU世界スーパー・ヘビー級選手権試合、ジャン・ウィルキンスvs坂口征二(76年南アフリカ共和国ヨハネスブルグ・ウェンブリー・スケートセンター)【正解】卍固めが初めてグラウンド状態になった衝撃、第1回NWAタッグ・リーグ戦公式戦、猪木&星野勘太郎組vsラーズ・アンダーソン&ボブ・ループ組(70年日本プロレス愛知県体育館)

※参考 2019年10月30日発売号は●【予想】今回予想に同じ【正解】いじめ被害に耐えていた1年目の「ワールドプロレスリング」アジア・タッグ王座決定戦、猪木&吉村道明組vsバディ・オースチン&ミスター・アトミック。(69年日本プロレス岐阜市民センター)この時点での対戦成績は109戦21勝88敗、勝率193。2013年10月30日発売号は馬場vs大木金太郎。(75年全日本プロレス蔵前国技館)

【予想解説】76年後半の新日本プロレスは6月26日、日本武道館での猪木vsモハメド・アリ戦で背負った7億円とも9億円とも言える負債を返済する為に猪木は韓国、パキスタン遠征を行い外貨稼ぎをしますが、副社長である坂口征二も10月29日、福生市民体育館で開幕の「闘魂シリーズ第2弾」前半戦を欠場して南アフリカ共和国ヘ2週間のスケジュールで遠征を行いました。

73年4月、NET(テレビ朝日)の放送がついてすぐの「ビッグ・ファイト・シリーズ」に1度だけ新日本プロレスに参戦したジャン・ウィルキンスが現地ではトップでEWU認定の世界スーパー・ヘビー級王者。ペンデュラム・バックブリーカーの元祖として知られています。

カール・ゴッチを帯同して南アフリカ入りした坂口は初戦の10月30日、ヨハネスブルクのウェンブリー・スケートセンターでウィルキンスの世界スーパー・ヘビー級王座に挑戦。

試合は60分3本勝負、1本目は17分10秒、ウィルキンスが「元祖」ペンデュラム・バックブリーカーから体固め、2本目は8分22秒、坂口がアトミック・ドロップから片エビ固め。決勝の3本目は4分7秒、坂口が逆エビ固めでウィルキンスをギブアップさせて2−1で勝利。世界スーパー・ヘビー級王座を奪取しました。

坂口は日本プロレス時代のUN王座以来約3年8か月ぶり、新日本プロレスに入団してからは初のシングルタイトル獲得で、ストロング小林と共に保持していた北米タッグ王座、アジア・タッグ王座と併せて三冠王者となりました。

また、この試合を伝えた当時の「東京スポーツ」によれば、坂口はこの試合で「生まれて初めてドロップキックを使った」と書かれていますが、これは誤りで日本でもよく見せていた対戦相手にコーナーマットに振られ、突っ込んで来たところを両腕でロープを掴んでコーナーに背中を着けてジャンプし両足で相手の胸板を蹴り上げるものでした。

11月6日には国際プロレスに参戦した「ドンカスターの岩男」アルバート・ウォールを2−1で破り初防衛に成功していますが、ツアー最終戦となる11月13日ヨハネスブルク・ミルクーパーク・スタジアムでウイルキンスのリターンマッチを受け、慣れないラウンド制(10分4ラウンド3本勝負)で勝手が狂ったか、2−1で敗れ王座転落しています。
 
【正解解説】2週連続のNWAタッグ・リーグ戦公式戦のネタで今回は70年の第1回大会終盤での公式戦の中から終盤戦の10月30日愛知県体育館での猪木&星野組とLアンダーソン&ループ組の一戦を採り上げています。

外国人チームは共に初来日、Lアンダーソンは1939年3月14日生まれの当時31歳、ミネソタ州立大学ではアマレスAAU王者となりバーン・ガニアにスカウトされてプロレス入り、デビュー当時はラリー・ハイニエミというリングネームで活躍も、66年にジン・アンダーソンのパートナーとしてラーズ・アンダーソンに改名、ジンの弟としてアンダーソン兄弟を結成(レスリングブラザーズで血縁関係はなし)。

その後ジンのパートナーの座をオレイ・アンダーソンに譲って全米を転戦中でした。

ループは1942年7月22日生まれの当時28歳、少年時代からアマレスに熱中し67年にはNCAAの王者となり68年のメキシコ五輪に出場、グレコローマンスタイル重量級で8位の実績を残し69年にプロレス入り。

共にセメントの強さには定評のあるチームでしたが如何せん地味で、初来日同士でポジションも最下位でリーグ戦はこれまで全敗、一方、猪木&星野組は4勝1敗2分でこの一戦が最終公式戦。1本目は12分3秒、星野がループを体固め、2本目は9分35秒、Lアンダーソンが星野を体固め、決勝の3本目は4分39秒、猪木がLアンダーソンを卍固めで破り5勝1敗2分でリーグ戦を終了。

既に5勝2敗1分でリーグ戦日程を消化していた馬場&ミツ・ヒライ組を僅差で制して優勝決定戦進出を確定させました。

本稿のポイントとしては3本目に猪木が見せた卍固めを下になっていたLアンダーソンがバランスを崩して倒れ、そのままグラウンドでの卍固めになってしまったこと。

この試合をテレビで観ていた流さんは「卍固め敗れたり!」と思ったそうですが猪木はグラウンド状態で卍固めで絞め続けギブアップを奪った、というものでした。

流さんは72年3月6日新日本プロレス旗揚げ戦の大田区体育館での猪木vsカール・ゴッチ戦で「スタンドの状態」を外されリバース・スープレックスでフォール負けした時に卍神話は終わった、と定義していますが、私は少し違う考えです。

猪木に卍固めを伝授したゴッチは外し方を熟知しており、やはり80年2月8日東京体育館でのスタン・ハンセンとのNWFヘビー級選手権試合で強引に力で外されて猪木はマットに叩きつけられた時に卍神話は崩壊したと思います。

※対戦成績は363戦58勝305敗、勝率160。
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