第357戦、9月18日発売号●【予想】猪木、ハンセン最後の一騎討ち、猪木vsスタン・ハンセン(81年新日本プロレス広島県立体育館)【正解】府立だから成立した異色のビッグカードで札止め記録、タイガー・ジェット・シンvs上田馬之助(78年9月19日新日本プロレス大阪府立体育会館)
※参考 2019年9月18日発売号は●【予想】今回予想に同じ【正解】猪木が黒ロングタイツの“力道山スタイル”で登場、猪木復帰戦、vsジャック・ルージョー。(75年9月19日新日本プロレス千葉公園体育館)この時点での対戦成績は103戦20勝83敗、勝率194。2013年9月18日発売号は正規軍vs維新軍最終決戦頂上対決6人タッグ、猪木&藤波辰巳&木村健吾組vs長州力&アニマル浜口&谷津嘉章(84年新日本プロレス江南市民体育会館)
【予想解説】81年と言えば、5月のアブドーラ・ザ・ブッチャー新日本プロレス移籍に端を発した新日本と全日本プロレスによる選手引き抜き抗争が勃発した年として知られていますが、新日本プロレスの「強さの象徴」であったスタン・ハンセンが12月13日、全日本プロレスの蔵前国技館大会に登場。ハンセンを抜かれた新日本プロレスが完敗を喫しています。
ハンセンは77年1月に新日本プロレスに初参戦、78年は来日がありませんでしたが、79年の第2回MSGシリーズあたりから「怪物化」。「ブレーキの壊れたダンプカー」と言われた猪突猛進の迫力満点のブルファイトは新時代のプロレスと呼ばれ「肉体が凶器」のハンセンはヒールながら新日本プロレスのリングでヒーローとして人気を集めました。
80年2月8日、東京体育館でエプロンの猪木にラリアットを放ち17分12秒、リングアウト勝ちでNWFヘビー級王座を獲得。(4月3日蔵前国技館で猪木のリターンマッチに敗れ転落)。
79、80、81年の第2回、第3回、第4回のMSGシリーズでは猪木と優勝決定戦を争い、第2回は猪木のコーナーポスト最上段からのダイビング・ボディシザースドロップにフォール負けしましたが、それだけの奇策を用いなければフォール出来る相手ではなくなって来ていたのでしょう。
第3、4回大会は反則負けとリングアウト負けで3年連続の準優勝。簡単にはフォール出来ない怪物としてタイガー・ジェット・シンに代わる新日本プロレスのエース外国人の座を射止めました。
ブッチャー、タイガー戸口を引き抜かれた馬場は早速81年6月の「スーパー・パワー・シリーズ」終了後に元子夫人、日本テレビの原章チーフプロデューサーと渡米、カナダのトロントでシンと契約したその足でテキサス州ダラスに飛び、ハンセンと契約を交わしていました。
ハンセンは「新日本プロレスとの契約が年末まで残っているので待ってくれないか」と馬場に依頼。馬場もこれを応諾し、ハンセン投入は「年末」に決まりました。
そんな中、ハンセンは81年8月21日、大宮スケートセンターで開幕の「ブラディ・ファイト・シリーズ」に参戦。9月18日、広島県立体育館で猪木とシングルマッチで対戦。この年の4月23日に蔵前国技館でIWGP出場の為NWFヘビー級王座を返上している猪木とはノンタイトル60分1本勝負で激突し12分46秒、両者リングアウトの引き分けに終わっています。
ハンセンはこの年11〜12月の「第2回MSGタッグ・リーグ戦」に全日本プロレスから移籍して来たディック・マードックとのテキサス・ロングホーンズでエントリー、12月10日、大阪府立体育会館での決勝進出チーム決定戦で猪木&藤波組に敗れたのが新日本プロレスラストマッチとなり、3日後の全日本プロレス蔵前大会に姿を現すことになります。
結果的にこの日の広島での一戦が両者の最後のシングルマッチとなりました。
【正解解説】78年の「ゴールデン・ファイト・シリーズ」中に起きたシンと上田の「凶悪コンビ」の仲間割れ。
事の発端はこの年の6月にアメリカ、メキシコ武者修行に出た木村健吾がロサンゼルスでパク・チューのリングネームでヒールとなり、アメリカではプロフェッサー・イトウを名乗る上田とタッグを組んだことにシンが不信感を抱いたのが始まりでした。
シンは「何だウエダは、イノキのところのボーイと組んで…裏切るつもりか!」と不快感を顕にしました。上田は「プロはプロモーターに言われれば、誰とでも組む」と反論。
8月25日、長岡市厚生会館での開幕戦でシン&上田組は猪木&坂口征二組の黄金コンビと対戦しましたが、チームワークの乱れから同士討ちを繰り返し早くも不協和音が流れました。
9月1日、福島県会津体育館での猪木&藤波辰巳&ストロング小林組とシン&上田組にシンの子分格として初来日したジンバ・カーンを加えての6人タッグマッチ。2本目、藤波の逆さ押さえ込みでフォール負けしたZカーンに対して、上田は「このうすのろっ!」とばかり、蹴りを入れました。
子分に手を出されたシンはサーベルで上田を殴りつけ、ついに仲間割れ。シリーズ第25戦、9月19日、大阪府立体育会館でシンvs上田の一騎討ちが実現。この喧嘩マッチを一目観ようと当日券が飛ぶように売れ、チケットは全て売り切れとなり観客発表は9,500人超満員札止め発表。
定員6,000人の旧府立ですが、この時が一番入っていたと言われ、他に日本プロレス69年12月2日のドリー・ファンク・ジュニアvs猪木のNWA世界ヘビー級選手権試合、81年12月10日、「第2回MSGタッグ・リーグ戦」優勝決定戦、猪木&藤波組vsアンドレ・ザ・ジャイアント&レネ・グレイ組他が10,000人の発表ではありますが、実数ではこのシンvs上田戦の時が旧府立の大入り記録ということです。
この試合は集英社から発売されたDVDマガジン「燃えろ新日本プロレス」に収録されていますので当時の映像を見ながら簡単に振り返りたいと思います。本日記では「シンvs上田」という表記ですが、テレビ朝日のテロップでは「上田馬之助対タイガー・ジェット・シン」となっています。
特別レフェリーとして猪木入場、おなじみの赤のライオンマークの半袖Tシャツに白のスボン、猪木はこの日は試合には出ず。モハメド・アリ戦の前の猪木だったら、セミ前あたりで軽くシングルマッチをこなしてからレフェリーを務めたように思いますが…。
先に入場してきたのが上田、黄色い法被を羽織り手には黒い袋を持って入場、試合前にシンのサーベルに対抗して日本刀を持ってくると言っていた上田。袋の中身は日本刀なのか?
続いてシンが入場。いつものようにサーベルを持っている。セコンドにはZカーン、ピート・ロバーツがついています。エプロンに上がってきたシンに「サーベルを持ち込むな!」と猪木が注意すると、シンが猪木のボディにトーキック!リングに上がったシンと上田が早くもやり合う。慌ててセコンド陣が止めに入ります。花束贈呈の女性たちはリング下に避難。
星野勘太郎が上田の日本刀らしきものを取り上げました。シンのサーベルは、セコンドのZカーンがリング下に隠しました。倍賞鉄夫リングアナが両者のコールをしようとすると、シンが倍賞リングアナのボディにキック!
シンと上田が早くも小競り合い、セレモニーは必要ないということか。上田を山本小鉄らセコンド陣がコーナーに押しやり、シンはZカーン、Pロバーツら外国人レスラーが押さえて、立ち上がった倍賞 リングアナが何とか両者のコール。
猪木が睨みを効かせる中、サブレフェリーのミスター高橋が両者のボディチェックを行う。セコンドと高橋レフェリーがリングを下りて、ようやく試合開始のゴングが鳴りました。
シンは軽快なフットワークからパンチ、キックを浴びせ、上田が倒れるとストンピングのラッシュからコブラクロー、位置はロープ際だが構わずで頸動脈を絞め続けます。
猪木が「ブレイク!ワン、ツー、スリー、フォー!」と反則5カウントを数え始めましたが、シンは言うことを聞かず、猪木はシンの頭部にナックルパートを入れました。猪木流のレフェリングか?シンが上田の顔面を掻きむしり、猪木は「ワン、ツー、スリー、フォー!」と再び反則カウントを数え、離さないとみるやシンの頭部へストンピング制裁。
これはさしものシンもたまらずダウンすると、攻守逆転しすかさず上田がストンピング連打からチョーク攻撃、今度は猪木が上田に「ワン、ツー、スリー、フォー!」と反則カウントを数えキックを一撃。
上田が怒った。「何すんだてめぇ!」と文句を言うと、猪木が「何だこの野郎っ!」と上田の顔面に張り手を見舞いました。まさに最強レフェリー。
シンと上田はリング中央で睨み合い、猪木は「ファイト!」と両者に促しました。シンが、上田のボディにトーキック、顔面パンチ、ダウンする上田にコブラクロー。
シンのコブラクローに上田が苦悶の表情で暴れる。チョークに入っているか。リング下から高橋サブレフェリーも身を乗り出してチェック、上田はロープエスケープ。猪木が両者の間に割って入り強引に身体を引き離してブレイク。
シンはパンチ、キックの連打、上田は場外に転落。シンは本部席の机を持ち上げて上田の背中を殴打。
両者リング内へ。上田がお返しの急所攻撃、シンはダウン。そこへ上田がチョークで頸動脈を絞め上げます。猪木は「チョークだ!」と言うと上田が「チョークじゃない」と反論するも猪木が「ワン、ツー、スリー、フォー!」反則カウントを数えると上田は素直にブレイクに応じました。
ここで攻守逆転、今度はシンが上田にパンチ連打からコブラクロー、上田は足をロープに掛けてエスケープ。猪木が「ブレイク!」と怒鳴った後に反則カウントをし、それでも離さないシンにキックを見舞うが、シンはお構いなしでコブラクロー攻撃。
業を煮やした猪木がシンの頭部ににキックを見舞うもシンはコブラクローで絞め続けますが猪木に蹴られて隙が生じました。そこへ上田が目潰し、シンは両眼を押さえダウン。上田がタイツに隠し持っていた凶器を取り出して、シンを凶器で殴っていきました。
猪木は止めに入り、反則カウントを入れますが上田は聞く耳を持たず。猪木は力で上田から凶器を取り上げにかかりました。すかさずエプロンにいた高橋サブレフェリーが凶器を取り上げました。上田は怒って猪木に張り手を一撃、猪木は怒りの形相で張り返してからアリキック、「てめぇ、やんのかこの野郎っ!」と拳を握りレフェリーが臨戦態勢。
猪木に気を取られている間に蘇生したシンが上田にキックから目潰しのお返し、眼を押さえてダウンする上田にシンもタイツから凶器を出し、上田に凶器攻撃で報復。シンはすぐに凶器をタイツにしまい込み、上田をロープに飛ばしてボディにカウンターのトーキック、コーナーマットを外して剥き出しになっ金具に上田の額を叩きつけました。
猪木は金具を背にして仁王立ち、身体を張ってこれを阻止。上田がシンを蹴り上げてから、場外に投げ捨て。再び場外乱闘。今度は上田が本部席の机でシンの脳天を殴打、シンは下から蹴り上げてダウンした上田の顔面を椅子攻撃。先にリングに戻ったシンが、エプロンに上がる上田の顔面に噛みつき。シンは上田にパンチからコブラクロー。上田をコーナーに詰めて追撃。
猪木は「ブレイク」と両者の間に入って分けようとする猪木に対しシンがパンチ。ついにシンは猪木に襲いかかりました。シンが猪木の頭部にパンチ連打、たまらず腰からダウンした猪木にストンピングの嵐。
ここでシンが上田に「猪木をやれ!」というポーズ。すると敵対していたはずの上田が猪木にキック、セコンドの坂口がリング下から静止に入りますが、シンは坂口にも蹴りを入れていきます。
上田が猪木の左腕をロープを利して折り曲げる。高橋サブレフェリーがリングに上りこれを止めにいきました。
シンのセコンド、Zカーンがシンにサーベルを渡しました。シンはサーベルを手にしてゆっくり背後から上田に歩み寄り、上田の脳天をサーベルの柄で一撃、上田はフラフラと場外に転落。これを追ってシンも場外へ降りて、上田の額をサーベルの柄で殴りつけてからリングへ。リングに上がったシンが、ダウンしている猪木の左腕をサーベルの柄で何度も攻撃。
猪木のピンチを見兼ねた藤波がリングに飛び込んできてシンに張り手の連発からドロップキック、シンはリング上でダウンしてサーベルを投げ出してしまいました。
猪木はシンのサーベルを奪いました。慌てて場外に避難しますが、猪木はリングを下りて場外ヘ追いかけていき、シンの脳天をサーベルの柄で殴りつけ鬱憤晴らしの大暴れ。逃げるシンを、サーベルを持って追いかける猪木。
上田も流石に日本刀は剥き身で持って来る訳にはいかず竹刀を持ってリングに上がる。リング上では上田が竹刀で藤波を叩きまくる。止める坂口にも竹刀で一撃、上田のバックに回った藤波が上田を羽交い絞めにし上田から竹刀を奪った坂口が脳天に「お面一本」!
リングを下りて退場し始めた上田を藤波が追いかけて竹刀で脳天を一撃、上田が逃げる。藤波は竹刀を持って追いかける。新日本プロレス軍団も普段上田に竹刀で年中叩かれており、溜飲を下げる大暴れ、大阪のファンは「やれ、やれっ!」と大歓声.
猪木が場外から戻って来て試合終了のゴングをようせい、14分45秒、シンの反則負けの裁定が下りました。先にサーベルを持ち出して猪木レフェリーに暴行を加えたのは明らかで当然の結果と言えます。
ですが、ヒールにとって反則負けは負けではありません。シンはにヒールとして上田以上のインパクトを残したと言ってよく、シンの「優勢勝ち」だったと言えるでしょう。
※対戦成績は357戦58勝299敗、勝率162。
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