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2024年10月11日11:22

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ストロング小林さん追悼最終章(828)

81年12月18日東京・銀座キャピタルホテルで、東京スポーツ新聞社制定81年度のプロレス大賞の選考会が開催され、81年度のプロレス大賞が決定しました。

最優秀選手賞(MVP)は猪木(新日本プロレス)がダントツの16票を獲得して2年連続6度目の受賞(74、76、77、78、80年についで6度目)。

前半のNWFヘビー級王座を巡ってのケン・パテラ、スタン・ハンセンとの激闘、メキシコでボブ・バックランドのWWFヘビー級王座に挑戦。

「リアルワールド・チャンピオンを決める」IWGPに向けて自らNWFヘビー級のベルトを返上する覚悟の船出。「第4回MSGシリーズ」の優勝、久しぶりの日本人大物他流試合となったラッシャー木村との死闘、優勝は成りませんでしたがジュニアからヘビー級に転向したばかりの藤波辰巳をリードしての「第2回MSGタッグ・リーグ戦」準優勝などが高く評価されました。

他は馬場が2票、鶴田が2票。

年間最高試合賞(ベストバウト)は全日本プロレス1月18日後楽園ホールでの3,000試合連続出場突破記念試合第1弾、AWA世界ヘビー級&PWFヘビー級ダブルタイトルマッチ、バーン・ガニアvs馬場が11票で選ばれました。馬場は79年8月26日日本武道館での「プロレス夢のオールスター戦」&猪木組vsアブドーラ・ザ・ブッチャー&タイガー・ジェット・シン組戦、前80年12月11日蔵前国技館での「世界最強タッグ決定リーグ戦」公式戦、&鶴田組vsドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク組戦に次いで3年連続3度目の受賞、単独では初受賞。

シングル初対決、ガニアのスリーパーホールド、馬場の16文キックが交錯する名勝負。会場には日本プロレス時代の馬場の試合に熱狂していた中高年男性客も多数来場しました。60年9月30日台東体育館での桂浜(田中米太郎)とのデビュー戦以来、「組まれた試合は一度も休まない」国内連続試合出場3,000試合突破が評価されての受賞となりました。

次点は新日本プロレス4月23日蔵前国技館での猪木vsハンセンのNWFヘビー級王座決定戦が8票でした。

最高殊勲選手賞(準MVP)は鶴田(全日本プロレス)が75、76年に次いで11票獲得し5年ぶり3度目の優勝。前80年は「第8回チャンピオン・カーニバル」に初優勝しながらも2月にディック・マードック、10月にブッチャーと2度に亘りUNヘビー級王座から転落。個人での受賞はなかった鶴田。

この日年はチャンピオン・カーニバルも世界最強タッグ決定リーグ戦も優勝出来てはいませんが、1月にブッチャーからUNヘビー級王座を奪回、以後6度防衛、馬場と組んでのインターナショナル・タッグ王座も5度防衛、安定した試合ぶりをみせました。

他は猪木が4票、馬場が3票、藤波が2票でした。

年間最高タッグチーム賞は猪木&藤波辰巳組(新日本プロレス)が12票で初受賞。通常の地方巡業でもタッグを組んではいますが、この年は藤波がヘビー級転向したことで、坂口征二から変更して猪木のパートナーに指名され「第2回MSGタッグ・リーグ戦」にエントリー、ハンセン&マードック組、アンドレ・ザ・ジャイアント&レネ・グレイ組といったスーパーヘビー級のチームと互角に渡り合いました。  

ハンセン&マードック組と並んで同点2位となり、12月10日大阪府立体育会館での優勝決定戦では決勝進出者決定戦でハンセン&マードック組を延長戦の末破り決勝への切符を手にし、アンドレ&グレイ組との優勝決定戦ではアンドレのジャイアントプレスの前に藤波が力尽き敗れましたが、その健闘ぶりはファンの共感を呼びました。

他は馬場&鶴田組が2票、棄権(該当チームなし)が6票でした。

殊勲賞は天龍源一郎(全日本プロレス)が14票で初受賞。5月の「スーパー・パワー・シリーズ」に3度目の海外修行から凱旋帰国。7月30日後楽園ホールでは交通事故の後遺症を発症して途中帰国したディック・スレーターに代わり、ビル・ロビンソンのパートナーに抜擢され馬場&鶴田組のインターナショナル・タッグ王座に挑戦。猪木の得意技である延髄斬りを出して思い切りのいいファイトを見せて「プロレス開眼」しました。

10月2日後楽園ホールでは8月に興行活動を停止した国際プロレスの阿修羅・原と真っ向勝負を見せ、10月6日仙台・宮城県スポーツセンターではリック・フレアーのNWA世界ヘビー級王座に挑戦、暮れには原とのタッグで「世界最強タッグ決定リーグ戦」にエントリー。タイガー戸口が抜けた後の全日本プロレス「第3の男」としてのポジションを確固たるモノにしています。

他は藤波、長州力、タイガーマスクが各2票。

敢闘賞はラッシャー木村(フリー、国際軍団)が76年に次いで11票獲得で2度目の受賞。R木村は本来このあたりの受賞対象ポジションではないのですが…。

前半は国際プロレス最後のエースとしてIWA世界ヘビー級王座を5度防衛、団体が活動停止した以降は国際軍団の首領として敵陣新日本プロレスのリングに乗り込み、猪木と2度に亘る死闘を展開したことが評価されました。

次点は同じ国際軍団のアニマル浜口が僅差の9票でした。

技能賞は阿修羅・原(10票、全日本プロレス)と長州力(8票、新日本プロレス)の2人が受賞、ともに初。

原は4月にヘビー級戦士としてアメリカのミッドサウス地区から国際プロレスの「ビッグ・チャレンジ・シリーズ」に凱旋帰国。新兵器雪崩式ブレーンバスターを披露して活躍。5月16日後楽園ホールではマイティ井上と組んでポール・エラリング&テリー・ラザン組を金網デスマッチで破り、IWA世界タッグ王座を獲得。団体崩壊まで3度の防衛に成功。

国際プロレス団体活動停止後は全日本プロレスに転じ、天龍と好試合を見せ、暮れの「世界最強タッグ決定リーグ戦」には天龍とのタッグで初エントリーを果たした点を評価されての受賞となりました。

長州は坂口とのタッグで保持していた北米タッグ王座を年間3度、通算13度の防衛を果たしてIWGP参加の為返上、「第4回MSGシリーズ」、「第2回MSGタッグ・リーグ戦」は成績は上位にはいきませんでしたが試合ぶりは安定。

アンドレ、ハンセン、ローラン・ボックら規格外の怪物の対戦相手を務め、その頑丈さを見せつけました。結果より内容が評価されての受賞。

大衆賞はタイガーマスク(新日本プロレス)が初受賞。テレビ朝日で放送されたアニメ「タイガーマスク�鏡ぁ廚肇織ぅ▲奪廚播仂譴靴泙靴燭�4月23日蔵前国技館でのダイナマイト・キッド戦で強烈なインパクトを残し、アニメを上回る人気を集め、新日本プロレスブームの立役者となりました。

各団体から1名ずつ選ばれる努力賞は全日本プロレスは石川隆士、新日本プロレスから前田明(日明)、国際軍団の浜口が受賞しています。

なお、4月30日に脳腫瘍の為29歳で亡くなった故スネーク奄美(本名 栄勇さん、国際プロレス)と4月3日後楽園ホールで引退した魁勝司(新日本プロレス)の2人に功労賞が贈られました。

選考委員長は東京スポーツ新聞社取締役編成局長高橋典義、選考委員は菊地孝(フリーライター、評論家)、鈴木庄一(月刊プロレス)、杉山頼男(ひでお、月刊プロレス)、竹内宏介(月刊ゴング)、山口雄介(月刊ゴング)、小池幸雄(フクニチスポーツ)、佐藤匠市(デイリースポーツ)、山浦力(名古屋タイムズ)。東スポからは山田隆(日本テレビ解説者)、桜井康雄(テレビ朝日解説者)、和喜多正明(編集局次長)、門馬忠雄(第2運動部デスク)、鈴木皓三(写真部デスク)、富田政宣(写真部主任)、永島勝司(第2運動部)、松田隆(第2運動部)、川野辺修(第2運動部)、山田宗男(第2運動部)に特別選考委員としてタレント、エッセイストのイーデス・ハンソンさんが加わりました。

猪木のMVPはこの年が最後で、プロレス界に世代交代の波が起きていきます。国内での試合が少なかったストロング小林はノミネートに該当されるようなトピックスもなく、現役最後の年を腰の負傷による欠場で寂しく終えることになる訳です。
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