81年新日本プロレス「ブラディ・ファイト・シリーズ」最終戦、9月23日田園コロシアム大会セミファイナルはアンドレ・ザ・ジャイアントとスタン・ハンセンのシングルマッチ60分1本勝負。
後から判明した話では試合前にハンセンはひっそりとアンドレの控室を訪れ、「今年一杯で新日本プロレスから全日本プロレスへジャンプする。これがアンドレとの最後にの試合になる」とを打ち明けていました。
アンドレとハンセンはは「MSGシリーズ」、「MSGタッグ・リーグ戦」では何度も対戦する因縁の相手であったが、互いにリスペクトし合い認め合っていた関係でした。
ハンセンは全日本プロレスへの移籍話は馬場とブッカーのテリー・ファンクとの約束で秘密厳守となっていましたが信頼するアンドレには話しておき、最高の試合にしたかったと言います。
アンドレもレスラー仲間の暗黙のルールとして移籍話を新日本プロレスにリークするようなことはしませんでした。
先に「ウェスタン・ラリアート」のテーマ曲に乗ってハンセンが入場、続いて「ジャイアント・プレス」のテーマ曲でアンドレがマネージャーであるアーノルド・スコーランと一緒に入場、13,500人超満員、すり鉢状の観客席から地鳴りのような大きなどよめきが起きました。
アンドレがリングインするなりハンセンが奇襲攻撃をするも、アンドレはこれを読んでいたかのようにエプロンからのカウンターの18文キック(ビッグブート)で迎撃、吹っ飛ぶハンセン。ここで試合開始のゴング
アンドレがヘッドバットを見舞えば、ハンセンはエルボーバットで応戦、カウンターの串刺しエルボーはアンドレがカウンターの18文キックで対抗しベアハッグでハンセンのボディを絞め上げていきました。
ハンセンはショートレンジのラリアートで脱出しましたがアンドレはリストロックからラリアート封じのアームロックで左腕を攻撃。
ハンセンはボディスラム狙い、しかしアンドレは腰を引いて防御しハンセンの左腕を再びスタンドでのアームロック、さらに猪木流のショルダー・アームブリーカーと慎重な攻めを見せてハンマーロックからハンセンの巨体を軽々と持ち上げてブレーンバスターで叩きつけました。
アンドレはハンセンをロープに飛ばしてのショルダースルーを狙い、腰を屈めたアンドレの胸板にハンセンはキック、そしてハンセンは2度目のトライでボディスラムに成功、アンドレの270Kgの巨大が地響きを立ててマットに沈みました。
ハンセンのボディスラムは後年アンドレが「オレは本当に気心しれたヤツしかボディスラムを許さなかったけれど、その中でスタンにやられたのは一番効いた、あれだけ完璧なボディスラムをやれたのは、スタンだけだった」、これまで投げられたボディースラムの中で一番だったのはハンセンだったと答えていました。
すかさずエルボードロップを見舞うハンセンですがこれは自爆、ならばハンセンは馬乗りになってのキャメルクラッチ、余裕のなくなったアンドレは必死にこらえました。
アンドレはキャメルクラッチを脱出、ハンセンはエルボードロップ、ニードロップと速射砲のように攻撃を加えます。アンドレは場外にエスケープ、これを追うハンセン。場外でアンドレはパンチ攻撃、ハンセンもアンドレのボディへパンチを入れて反撃。レフェリーのカウントが進み、8分26秒、両者リングアウトの裁定が降りました。
両者は納得せずまだやる気十分、観客席からは大「延長」コールが発生しています。(この項続く)
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