mixiユーザー(id:21258650)

2024年06月18日23:03

247 view

ストロング小林さん追悼最終章(721)

フォト

81年新日本プロレス「新春黄金シリーズ」最終戦は2月12日、後楽園ホール(テレビ収録、観衆2,300人超満員発表)大会。最終戦、豪華3大決戦とあって後楽園ホールは超満員の観衆で膨れ上がりました。

メインイベントは前80年12月29日(現地時間)、ニューヨークMSGでのNWFヘビー級選手権試合以来の一騎討ちとなる猪木とボビー・ダンカンのノンタイトルのシングルマッチ60分1本勝負。

前半はダンカンがパワーにモノを言わせラフファイトで押しまくりましたが、猪木も反撃し場外でダンカンの額を鉄柱に打ちつけて流血させ、6分41秒、バックドロップからの体固めでフォール勝ち。最終戦を豪快な白星で飾りました。

セミファイナルは坂口征二&長州力組にアファ・アノアイ&シカ・アノアイのザ・サモアンズ1&2号が挑戦した北米タッグ選手権試合60分3本勝負。

1月23日、高知県民体育館でのタイトル戦初戦では1−1から両チームリングアウトのドローに終わっており、決着戦となりました。

1本目は9分50秒、日本組のリングアウト勝ち。2本目は4分56秒、2号に坂口&長州による2人がかりのダブル・ブレーンバスターから長州が2号を体固めで破り、坂口&長州組が2−0のストレート勝ちを収めて12度目のタイトル防衛に成功しました。 

セミ前は藤波辰巳とタイガー・ジェット・シンのシングルマッチ45分1本勝負、藤波のドラゴン・ロケットから場外戦となり、3分4秒、シンのリングアウト勝ち。

この日の後楽園ホール大会は2月27日の「ワールドプロレスリング」で録画中継され上記3試合が放送されています。

ストロング小林は木村健吾とのタッグでケン・パテラ&バッドニュース・アレン組とタッグマッチ30分1本勝負で対戦、11分13秒、パテラが木村健をエビ固めで破りました。 

ジ・エンフォーサーは永源遙と対戦し6分28秒、反則勝ち。木戸修はトム・プリチャードを8分10秒、体固めで破り、星野勘太郎はジョージ高野を7分48秒、体固めで破っています。

81年「新春黄金シリーズ」を振り返りたいと思います。スタン・ハンセン、ダスティ・ローデスが来日キャンセルとなり、最終戦の2月12日に予定されていた蔵前国技館でのビッグマッチもなくなりスケールダウンしましたが終盤2週間にシンが来てからはシリーズがビシッと締まりました。

シリーズを通してのエース格だったパテラは初の新日本プロレスシリーズフル参戦でしたが持ち前の重量挙げをベースにしたパワー殺法で猪木以外には負けはなく重責は果たしたと言えそうです。2月4日、大阪府立体育会館での猪木とのNWFヘビー級選手権試合では猪木の発熱というアクシデントはあったものの、体力で終始圧倒してみせました。

新日本プロレス初登場のサモアンズ1&2号はナチュラルな強さを持っており打たれ強さには定評がありました。力では弟の2号が上回りました。1号が司令塔として動き、2号が相手を痛めつけるパターン。

WWFではトップのタッグチームでしたが、新日本プロレスではどうしても前々年まで国際プロレスに上がっていてグレート草津、マイティ井上、アニマル浜口らと互角だったというイメージを持たれたか、真の意味でトップの扱いは受けてはおらず、最終戦の坂口&長州組に挑戦した北米タッグ選手権試合の再戦ではあっさりストレート負けしてしまったのは残念でした。

エンフォーサーですが、前回書きましたように単独での参戦は新日本プロレスフロントの判断ミスでしょう。年齢的にも46歳とピークを過ぎており、シリーズ後半戦にいくに連れ体力的な衰えが目立ちました。

70年代中盤の外国人レスラー不作の時代に来ていれば猪木とシングルマッチでメインイベントも張れたかも知れませんでしたが来日が遅すぎた感じです。

案の定、新日本プロレスから呼ばれたのはこれ1回だけでしたが、同年7月、国際プロレスの最終シリーズとなった「ビッグ・サマー・シリーズ」にエース格として呼ばれ、婦人であったバニー・キャロルをマネージャーに従えて再来日。

ムチや火炎攻撃のギミックで活き活きとした試合をしていました。8月6日、室蘭市体育館でラッシャー木村のIWA世界ヘビー級王座に金網デスマッチで挑戦、逆エビ固めでギブアップ負けしましたがR木村の最後の挑戦者として歴史に名を残しました。(この項続く)

※観戦チケットをアップ致しました。
4 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2024年06月>
日 月 火 水 木 金 土
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30