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2024年02月05日16:55

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週プロ流智美あの日あの時予想2023年総括(28)

第297戦、7月12日発売号●【予想】猪木快心の勝利、ドロップキックをはたき落としての逆エビ葬、vsジョニー・キンケイド(74年7月11日新日本プロレス後楽園ホール)【正解】マスカラスを看板にニューヨーク侵略を試みたIWAの野望、IWA世界ヘビー級選手権試合、ミル・マスカラスvsイワン・コロフ(75年7月11日〚現地時間10日〛ニュージャージー州ジャージーシティ・ルーズベルトスタジアム)

【参考】2017年7月12日発売号は全日本“生え抜き”が、一世一代の大決断で新日本へ!越中詩郎、馬場に退団を直訴(85年全日本プロレス八戸市体育館)

【予想解説】74年新日本プロレスの「サマー・ファイト・シリーズ」に初来日したイギリスの新鋭黒人レスラー、キンケイド。ジャマイカ出身の黒人レスラーで少年時代にイギリスに移住。同じく黒人のジョニー・クォンゴに弟子入りしてプロレス入り。クォンゴとのブラック・スターズというコンビで活躍していました。カール・ゴッチのブッキングで初来日。

キンケイドは来日するなり「俺の目的は猪木と闘う以外にはない。尊敬するシン・リーガンが猪木にやられた。俺はその雪辱戦をしたい。もし、猪木と闘えないのなら帰国する」とアピールしました。

猪木は「生意気な奴だ。だが挑戦されては後には引けん」とシングルでの対戦を受けて立ち、シリーズ2週目の7月11日、後楽園ホールでのテレビ収録でセミファイナルのシングルマッチ30分1本勝負で対戦。

キンケイドはボクシングの経験もあり、素早いフットワーク、華麗なるウィービングを見せ、猪木に殴り合いを挑みましたが、格闘競技者としては猪木の方が遙かに上、キンケイドのパンチをかいくぐるようにして接近、軽くいなして強烈な張り手でダウンを奪いました。

キンケイドは得意のドロップキック、これを空中ではたき落とした猪木はグラウンドへと移行、 腕ひしぎ逆十字固めで絞り上げてから足を取ってのリバース・インディアン・デスロック。

そしてブレーンバスターから一気に逆エビ固め、この逆エビは自らの上体をブリッジのように反らすエグいスタイル、11分46秒、キンケイドにギブアップ勝ちを収めました。

【正解解説】こちらは私が2019年7月10日発売号で1度予想して外れたものです。

75年1月にアメリカ東部地区に設立された新団体IWAは前年業績不振から興行活動をクローズしたNWFのオーナーであったジョニー・パワーズとペドロ・マルチネスが、全米プロバスケットボールリーグ、WFLの放映権を持ち、全米3大ネットワークABCで放送し巨万の富を得ていた富豪エディ・アイホーンにスポンサード依頼をして旗揚げした団体でした。 

アイホーンもまた、バスケットボールリーグ、フットボールがオフシーズンの間のコンテンツとしてプロレスに魅力を感じており、利害が一致しました。

初代IWA世界ヘビー級王者は1月19日に王座決定戦でユーゴ・バビッチを破ったとされるミル・マスカラスが認定されました。ABCネットワークを通して徐々に全米に浸透していったIWAは7月10日、WWWFの本拠地であるニューヨークからハドソン川を挟んでほど近いところにあるニュージャージー州ジャージーシティのルーズベルト・スタジアムでビッグマッチを開催。

IWAはWWWFのトップヒールであり、「ブルーノ・サンマルチノを倒した男」、元WWWF世界ヘビー級王者、イワン・コロフの引き抜きに成功。ビンス・マクマホン・シニアにとってコロフを抜かれたことは大ダメージでした。

当日は22,000人の大観衆を集め、メインイベントはマスカラスのIWA世界ヘビー級王座にコロフが挑戦。1ー1から両者リングアウトで引き分けとなっています。

IWAはこの他、世界タッグ王者チームにジート&ボロのザ・モンゴルズ、ノースアメリカン王者にブルドッグ・ブラワーを認定、パワーズ、アーニー・ラッド、クルト・フォン・ヘス、ハートフォード&レジナルドのラブ・ブラザーズ、テキサス・マッケンジーら元NWFの残党が参戦していました。

東部進出第1戦を成功させたIWAは翌月の8月7日にも同所でマスカラスvsラッドのタイトル戦を組みましたが15,000人と前回程は集まらず。9月1日、同所でマスカラスvsラッドの再戦をメインに第3弾興行を開催しましたが、こちらが8,000人と惨敗。パワーズとマルチネスはアイホーンに追加資金の援助を申出しましたが謝絶され、IWAは1年足らずで崩壊しました。

ビンス・シニアはコロフを引き抜き返して興行戦争に勝利しましたが、このIWAの手法を後の84年に息子のビンスがビジネスモデルとして全米制圧に乗り出した訳です。

マスカラスは73年10月〜86年5月まで毎年全日本プロレスのリングに参戦していますが、13年間で来日が無かったのがこの75年と84年でした。

※対戦成績は297戦52勝245敗、勝率175。
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