mixiユーザー(id:21258650)

2023年09月13日21:56

241 view

ストロング小林さん追悼(504)

全日本プロレスとの興行戦争ですが、全日本プロレスは新日本プロレスより1週間遅い7月6日、越谷市体育館で開幕。

ドリー・ファンク・ジュニア(7月13日〜26日)&テリー・ファンク(7月13日〜7月18日)のザ・ファンクス、アブドーラ・ザ・ブッチャー(7月13日〜26日)、ザ・シーク(7月6日〜15日)の77年「世界オープン・タッグ選手権」における因縁の抗争が爆発的人気を呼んだ4選手が日程を分割して特別参加。 

シリーズ全戦参加がムース・モロウスキー、ロジャー・カービー、ザ・ロボットR2&C3、ミスターX(ジャック・エバンス、75年11月、全日本プロレス「ジャイアント・シリーズ第2弾」に1度だけ来日、後にドラゴンゲートに来日するハイフライ・ムーブが得意なレスラーとは別人)。

3〜4月の「第7回チャンピオン・カーニバル」でブッチャー、キラー・トーア・カマタらと共闘、「ブッチャー軍団」の一員となった大木金太郎が外国人ヒールサイドとしてシリーズ全戦参加しています。

開幕戦の7月6日、埼玉県越谷市体育館(テレビ収録、観衆2,000人発表)大会ではメインイベントで鶴田とシークがシングルマッチで対戦、4分58秒、鶴田の反則勝ち。

第2戦7月7日はノーテレビの後楽園ホール(観衆2,000人発表)大会。シークと大木が初タッグを結成して馬場&鶴田組と対戦、1本目はシークの凶器攻撃から大木がヘッドバットを決めて大木が鶴田を体固め、2本目は外国人組の反則勝ちで馬場&鶴田組が2−0のストレート負け。

7月12日、成田空港に到着したザ・ファンクスに、1月の「新春ジャイアント・シリーズ」まで外国人ヒールサイドで闘っていたキム・ドクがトレードマークのヒゲを剃って一緒に帰国。共に会見に臨んだファンクスの2人と戸口は、大木との韓国師弟コンビ解消を発表、本名の戸口正徳に戻し身柄を「ファンクス預かり」とすることを発表しました。

戸口は「俺がアメリカに戻っている間に大木さんがブッチャーと手を組んで試合をしていると聞いてガッカリした。俺はブッチャー達みたいに反則ばかりしない。大木さんとはもう師匠でも弟子でもない。今後の俺の身の振り方はファンクスと相談しながら決めていく」と大木との訣別を宣言しています。

7月13日、福島県いわき市関船体育館、14日、千葉県松戸市運動公園体育館、7月15日、品川プリンスホテル・ゴールドホールの3大会だけがドリー&テリーのザ・ファンクス、ブッチャー、シークの4選手が全員揃う大会となった訳です。

7月13日、いわき市関船体育館(テレビ収録、観衆3,800人満員発表)大会ではドリー&テリー&鶴田組とブッチャー&シーク&大木組が対戦した6人タッグマッチ60分3本勝負。1本目はブッチャーが鶴田を体固め、2本目はドリー組のリングアウト勝ち、決勝の3本目はテリーが大木を体固めで破り、2−1でドリー&テリー&鶴田組の日米師弟トリオが勝利を飾りました。

いわき大会の試合前、身柄がファンクス預かりとなっていた戸口の全日本プロレス入団が発表されています。また、新リングネームもファン投票により決められることになりました。

7月14日、松戸市運動公園体育館(テレビ収録、観衆4,500人超満員発表)大会。メインイベントはドリーとシークのシングルマッチ60分3本勝負。シークの日本でのシングルマッチの3本勝負というのは、初来日の日本プロレス72年9月6日、田園コロシアム、9月7日、大阪府立体育会館での坂口征二とのUN選手権試合2連戦以来約7年ぶり。

1本目はシークが凶器攻撃から体固め、2本目はドリーが反則勝ち、決勝の3本目は僅か13秒、リング下のテリーに気を取られていたシークを背後から後方回転エビ固めに丸め込み、2−1でドリーが勝ちました。

セミファイナルのテリー&鶴田組とブッチャー&大木組のタッグマッチ45分1本勝負で、両チームリングアウトの引き分け。

戸口は全日本プロレス入団第1戦、馬場とのタッグでモロウスキー&カービー組と対戦、戸口がショルダーバスターからカービーを体固めで破りました。(この項続く)

5 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2023年09月>
日 月 火 水 木 金 土
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930