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2022年02月19日07:20

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ストロング小林さん追悼(44)

70年国際プロレス最後のシリーズとなった「ビッグ・ウィンター・シリーズ」は11月17日、栃木県日光市公会堂で開幕。

第2戦の11月19日、栃木県足利市月見ケ丘高校体育館(テレビ収録、観衆1,000人発表)では62年日本プロレス「第4回ワールド・リーグ戦」に初来日した「北海の獅子王」ラリー・ヘニングが、来日直前にAWA地区でストロング小林と対戦したばかりの初来日のボブ・ウィンダム(ブラックジャック・マリガン)と組んで、サンダー杉山&グレート草津組の保持するIWA世界タッグ王座に挑戦。

杉山&草津組は小林が海外武者修行に出発した後はエリック・フローリッチ&ギル・ヘイズ組、メッサーシュミット(クラウス・カーロフ)&ブルー・ディモン(レス・ウォルフ)組、ディモン&ヘイズ組と防衛を重ね、防衛記録8と伸ばしていましたが、ヘニング&ウィンダム組に2−1で敗れて王座転落しました。

ヘニング&ウィンダム組はハーリー・レイスと組んでAWA世界タッグ王座を保持、若いレイスにタッグマッチの真髄を教え込んだ「タッグ屋」ヘニングが若いウィンダムを巧みにリードして恐るべき強さを発揮。

11月25日、青森県三戸市中央体育館(観衆3,600人満員発表)では、前王者チーム、杉山&草津組と1−1から両チームリングアウトの引き分けで初防衛。11月30日、千葉県館山市民センター(テレビ収録、観衆2,000人発表)では杉山&凱旋帰国2シリーズ目のラッシャー木村組が挑戦しましたが、2−1でヘニング&ウィンダム組が勝ち2度目の防衛。

12月1日、千葉県銚子市民体育館(テレビ収録、観衆4,000人超満員発表)では、杉山の返上により代わってヨーロッパ・タッグ王者チームとなった草津&木村組とヘニング&ウィンダム組よるIWA世界タッグ王座とのダブル・タイトルマッチが行われ、1−1から61分時間切れ引き分け。ヘニング&ウィンダム組は3度目のタイトル防衛。

ヨーロッパ・タッグ王者チームの草津&木村組は先の「ダイナマイト・シリーズ」中の9月28日、長崎県小浜町小浜体育館での王座決定戦で、ドクター・デス(スタン・ザ・ムース、ムース・モロウスキー)&ジャック・クレイボーン組を降して王座獲得、デス&ディモン組を破って初防衛に成功しており、これが2度目の防衛でした。

シリーズのエース外国人でもあったヘニングは12月10日、群馬県吉井町体育館(テレビ収録、観衆2,000人発表)で杉山のIWA世界ヘビー級王座にも挑戦。杉山は小林が海外武者修行に出た後はディモン、メッサーシュミットを相手に防衛を重ね計5度の防衛に成功していましたが、ヘニングの強さの前にタジタジになり、1本目は4分5秒、両者リングアウト、決勝の2本目は1分24秒、反則勝ちで2−1で杉山が6度目の防衛を果たして居ますが、フォールの取れない苦しい防衛でした。

シリーズ最終戦、年内ラストマッチ、12月12日、台東体育館はテレビ収録はありましたが、ダブル・メインイベントの第2試合、木村とオックス・ベーカーの金網デスマッチはテレビ放送されないとあって、都内初開催となる金網デスマッチを一目見ようと5,500人(超満員札止め発表)の大観衆が詰めかけました。

木村とベーカーの金網デスマッチは、試合中にベーカーのセコンドのウィンダムが投げた椅子で攻撃された木村が試合中に右足を骨折、絶体絶命のピンチに追い込まれましたが、渾身の力を振り絞ってのドリルアホール・パイルドライバー3連発からスリーパー・ホールドでベーカーを絞め落とし16分50秒、逆転のKO勝ち。勝った木村は試合後に病院に運び込まれて入院、手術となりました。

ダブル・メインイベント第1試合ではヘニング&ウィンダム組のIWA世界タッグ王座に杉山&草津組が最後の挑戦、2−1で勝利し、最終戦のギリギリのところで至宝のベルトを奪回、海外流失を防ぎました。ヘニング&ウィンダム組は第2戦から最終戦まで約4週間ベルトを保持。強いチームでした。

70年12月31日、大晦日の日比谷・帝国劇場で行われたTBSの「第12回輝く日本レコード大賞」にプロレス界を代表して草津がゲストとして出演、プロレスの社会的ステータスは今より遥かに高かった時代でした。

翌71年は1月5日、大田区体育館(テレビ収録、観衆1,500人発表)から「新春パイオニア・シリーズ」が開幕。エースとして初来日が発表されていたKOコックス(ボブ・カーセン、ボブ・スウィータン)がまたしても日本プロレスの妨害工作に遭い来日キャンセル(同年5月の日本プロレス「ゴールデン・シリーズ」にカーセンとして来日)となり、盛り上がりに欠けたシリーズとなりました。

小林と欧州で対戦したことのあるイワン・ブレストン、イワン・バイテンのベルギー勢が活躍、エース外国人となったブレストンは1月10日、鹿児島県鹿屋市体育館(観衆5,000人超満員発表)で杉山のIWA世界ヘビー級王座に挑戦、1−1から両者リングアウトで引き分け、1月24日、千葉県市原市臨海体育館(テレビ収録、観衆3,000人発表)で同一カードによるリマッチが組まれ、2−1で杉山が勝っていますが、反則含みの1本があり、完全勝利は成らず。 

先のシリーズ最終戦でIWA世界タッグ王座を奪回した杉山&草津組は1月14日、長崎県佐世保市体育館(テレビ収録、観衆4,000人満員発表)ではブレストン&バイテン組、1月19日、岡山武道館(テレビ収録、観衆2,800人発表)でブレストン&マスクマンのデビル・ブッチャー(スティーブ・リッカード)組、最終戦の1月31日には埼玉県川越市民体育館(テレビ収録、観衆2,000人発表)でDブッチャー&ブルーノ・ベッカー組をいずれも2−1で破り、3度の防衛を果たしました。

また、ベーカーとの金網デスマッチで右足を骨折した木村は試合は欠場しましたが巡業にはついて回り、観客にリング上から欠場の挨拶をしています。

2月27日、神奈川県川崎市体育館(テレビ収録、観衆1,500人発表)から6戦の短期シリーズ「AWAビッグファイト」(正式には後ろに「シリーズ」は付かない)が開幕、マッドドッグ&ブッチャーのバション兄弟がAWA世界タッグ王者チームとして登場。

しかし、来日直前の2月23日、オレゴン州ポートランドでクルト&カールのフォン・スタイガー兄弟に敗れて王座から転落しており(帰国後の3月18日に同所でバション兄弟が奪回)実は王者チームではありませんでしたが、ベルトは持ってきており、王者チームとして試合をしています。

また、日本側はヨーロッパに遠征中のマイティ井上が木村負傷の穴を埋めるため一時的に呼び戻されています。

開幕戦の川崎では杉山のIWA世界ヘビー級王座にマッドドッグが挑戦、1本目は10分11秒、杉山が鮮やかなジャーマン・スープレックスホールドでフォール勝ちしましたが、2本目は10分13秒、両者反則のノーコンテスト裁定となり、1−0で杉山の9度目の防衛となりました。国際プロレスの場合はノーコンテストでも防衛回数にカウントされます。

第2戦の2月28日、盛岡・岩手県営体育館大会は国際プロレス史上最高の10,800人(超満員札止め発表)の観客を動員、国際プロレス15年の歴史の中で10,000人超え興行はこれが最初で最後になりましたが、会場が最大収容人数5,000人ということを考えるといささか無理がありました。メインイベントは杉山とマッドドッグが前日の川崎での決着戦で金網デスマッチで対戦、杉山がKO勝ちで勝利を収めました。

3月1日、仙台・宮城県スポーツセンター(テレビ収録、観衆3,500人発表)ではIWA世界タッグ王者チームの杉山&草津組がバション兄弟のAWA世界タッグ王座に挑戦しましたが(IWAのベルトは賭けられず)2−1で敗戦。

翌3月2日には東京体育館でのビッグマッチ開催でしたが、前70年9月に国際プロレスがファン投票で招聘を発表したスパイロス・アリオンと、2位のミル・マスカラスを2人纏めて日本プロレスが呼んで見せ、さらに同日の3月2日、蔵前国技館で興行をぶつけて来ました。いわゆる「山手・下町興行戦争」です。

吉原功社長は右足骨折から十分に回復出来ていない木村に頼み込んで出場してもらい、マスクマンのザ・?(クエッション)との金網デスマッチに出場、このあたり国際プロレスのブラック企業ぶりが伺えますが、木村は吉原社長の期待に応え、17分22秒にKO勝ち。マスクを剥いで正体がアンジェロ・ポッフォ(ランディ・サベージの父)であることを明らかにしました。

バション兄弟のAWA世界タッグ王座には杉山&草津組が連続挑戦して1−1から反則負け。一時帰国の井上はビル・ミラーに敗れました。

国際プロレスの東京体育館は3,000人発表、日本プロレスの蔵前国技館は馬場&猪木組のBI砲にマスカラス&アリオン組が挑戦したインターナショナル・タッグ選手権試合(2−1で馬場&猪木組が防衛)で9,000人(満員発表)興行戦争は日本プロレスの圧勝。

3月4日、北九州市小倉区三萩野体育館(観衆4,000人)で杉山がミラーの挑戦を受けてIWA世界ヘビー級王座防衛戦を行っていますが、25分25秒に体固めで敗れ王座転落。ノーテレビかつ急遽決まったタイトル戦の為、マスコミが取材に来ておらず、この試合の写真が残されていませんでした。
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