日本人選手のみのワンナイト興行、全日本プロレス、ジャパンプロレス業務提携1周年記念「スペシャル・ウォーズIN武道館」は85年6月21日、日本武道館(テレビ収録、観衆12,000人満員発表)で行われています。私はこの興行は観に行きました。
同大会は翌6月22日、午後7時30分より90分枠の「土曜トップスペシャル」で録画中継されました。
全日本プロレスの日本武道館進出は単独では初となる77年5月14日、「第5回チャンピオン・カーニバル」優勝決定戦以来実に8年ぶり2度目。この時が10,500人発表と満員にはならず、平成に入ってからは常に日本武道館超満員が当たり前だった全日本プロレスもこの時はまだ日本武道館はワンランク上の会場で、満員にするのも難しい時代でした。
この日はトリプルメインイベントとして行われ、トリプルメイン第3試合は馬場のPWFヘビー級王座に国際血盟軍の大将、ラッシャー木村が挑戦。6月10日に元国際プロレス社長、吉原功氏を亡くしたばかりとあってR木村とセコンドの国際血盟軍は黒い鉢巻を着けての登場。
馬場とR木村は過去2回シングルで対戦、初回は75年12月17日、千葉公園体育館でのオープン選手権公式戦。アブドーラ・ザ・ブッチャーの乱入により額を割られ流血したR木村が6分53秒、河津落としからの体固めでフォール負け。
2度目は78年2月18日、蔵前国技館での日韓三軍対抗戦で馬場が足4の字固めをかけたままR木村が頭からエプロンに逆さ吊りとなり、特別レフェリーの芳の里がブレイクせずカウントを数えるという「世紀の理不尽判定」で11分15秒、R木村がリングアウト負けといずれもR木村にとっては不本意な結果に終わっています。
3度目のベルトを賭けたシングル戦、R木村は得意のヘッドバット、ラッシング・ラリアットと馬場を追い込みましたが決定打と成らず、12分34秒、馬場がR木村をロープに飛ばしてのランニング・ネックブリーカードロップからの体固めで馬場のフォール勝ち。
3カウント直前、R木村のセコンドである鶴見五郎がR木村の左足をサードロープにかけましたが、レフェリーは気づかず。鶴見は「足がロープにかかっていた」とアピールしましたが判定は覆らず。
この「足がロープにかかっていた」は2年前の83年4月3日、新日本プロレスの蔵前国技館、猪木vsR木村のIWGPアジア・ゾーン予選でも見られたフィニッシュシーンでしたが(14分1秒、猪木の延髄斬りでR木村がフォール負け、カウント2でR木村は左足をサードロープにかけ、セコンドのアニマル浜口がアピールするも無効となる)、この焼き直しだったと思います。馬場は3度目のタイトル防衛に成功しています。
トリプルメインイベント第2試合は天龍のUNヘビー級王座に長州力が挑戦する一戦。しかし、試合前のセレモニーの際、長州がベルト返還の時に立会人が確認に来た時にベルトを投げ捨てる暴挙に出て、長州はタイトル挑戦を拒否。試合は急遽ノンタイトル戦に。
ジャパンプロレスの大将である長州は全日本のナンバー3である天龍が保持するUNヘビー級王座に挑戦というのはプライドが許さなかったか?
天龍も長州のこの行為は許せなかったか、試合は最初から荒れムード。長州はエプロンの天龍の額を鉄柱に叩きつけ、さらにコーナーの金具に何度も打ち付けていきました。制止に入ったレフェリーも突き飛ばし、19分2秒、長州の反則負けとなりました。両者のシングル戦での対戦成績は1勝1敗。
トリプルメインイベント第1試合は全日本対ジャパン軍団抗争、鶴田&石川敬士組と谷津嘉章&浜口組の対戦。試合は鶴田と谷津が場外乱闘、浜口が場外の谷津の援護に回るべく、コーナーポストに昇ったところ鶴田がエプロンから浜口を攻撃。4者入り乱れての乱戦となりましたが試合権利のある石川が先にリングに上がり9分38秒、石川が浜口にリングアウト勝ち。
6月13日、古河市立体育館でダイナマイト・キッドに反則勝ちで新NWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王者となった小林邦昭の同王座にタイガーマスクが挑戦。11分29秒、小林がフィッシャーマン・スープレックスホールド(網打ち式原爆固め)でフォール勝ちし初防衛に成功しています。
試合後、来場していた大仁田厚が小林に突っかかり、場内は一時騒然となりましたが、大仁田はそれ以上の介入はしませんでした。
先の「激震!サンダー・ウォーズ」の3大会に予告なしに参戦し、6月2日、後楽園ホール大会に乱入した阿修羅・原が復帰後初の東京での試合に出場、ハル薗田とシングルマッチを行い、57秒、ヒットマン・ラリアットからの体固めで秒殺勝利。
全日本対国際血盟軍、グレート小鹿&大熊元司&渕正伸組と鶴見&剛竜馬&アポロ菅原組は9分47秒に大熊が菅原をジャンピング・ヘッドバットから体固めに決めて全日本軍の勝ち。
全日本対ジャパンが3試合続き、マイティ井上&グラン浜田組vs寺西勇&栗栖正伸組は新日本、国際同窓会マッチ的な組み合わせとなりましたが10分2秒に両チームリングアウトの引き分け。ターザン後藤&川田利明組と保永昇男&新倉史裕組は20分時間切れ引き分け。ジャパン軍に曲者、保永がいての時間切れは全日本の若手チームは健闘したと言えます。
百田義浩&百田光雄組の百田兄弟と永源遙&仲野信市組は8分39秒、仲野が光雄を逆さ押さえ込みでフォールしジャパン軍に軍配が上がりました。
第1試合のジャパン対国際血盟軍は高杉正彦が笹崎伸司を7分8秒、ダイビング・ボディプレスで高杉が笹崎を破り、キャリアの差を見せつけました。
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