85年「IWGPタッグ・リーグ戦」参加チーム紹介の続きです。双子の兄弟タッグチーム、パット&マイクのケリー・ツインズは3月の「ビッグ・ファイト・シリーズ第1弾」以来8か月ぶりの来日。
初来日は79年9月の国際プロレス「ダイナマイト・シリーズ」。この時は9月13日、愛知県体育館でマイティ井上&アニマル浜口組の保持していたIWA世界タッグ王座に挑戦していますが大剛鉄之介のブッキングで呼ばれた新日本プロレスでは中堅どころのポジションに甘んじています。白星配給係が予想されるだけに「大物食い」、「番狂わせ」を期待したいところでした。
日本側チームは猪木が坂口と黄金コンビを結成してのエントリー。猪木は80年の第1回MSGタッグ・リーグ戦に時のWWFヘビー級王者、ボブ・バックランドと「帝王タッグ」を結成して優勝、81の第2回は藤波と組んで出場しましたが、アンドレ・ザ・ジャイアント&レネ・グレイ組に敗れて準優勝。
82、83年の第3回、第4回はハルク・ホーガンと組んで2連覇、84年の第5回は藤波と組んで優勝。個人ではタッグ・リーグ戦5回中4回を制覇しました。
坂口は第1回MSGタッグ・リーグはストロング小林、第2、4、5回は木村健吾、第3回は藤波と組んでエントリーしていますが、優勝戦線には届かず。今回は本命猪木と組んでのタッグ・リーグ戦エントリーは71年の日本プロレス「第2回NWAタッグ・リーグ戦」(キラー・コワルスキー&バディ・オースチン組を破り優勝)以来14年ぶり。坂口が裏方が忙しく、リング上では一歩引いたポジションにいますが、優勝は坂口の噴火次第と言えました。
前WWFインターナショナル・タッグ王者チーム、藤波&木村健組。藤波&木村健組は第1回MSGタッグ・リーグ戦以来のエントリー。第2回は猪木と組んで準優勝、第3回は坂口と第4回は前田明(日明)と組んで出場、第5回は猪木と組んで優勝しています。
木村健は第2、4、5回が坂口と組んでの出場、第3回はエントリーされず。5月24日、神戸ワールド記念ホールでマードック&アドニス組にリングアウト勝ちし、新設されたWWFインターナショナル・タッグ王座を獲得、マードック&アドニス組、キングコング・バンディ&バッドニュース・アレン組、ハックソー・ヒギンズ&ケリー・ブラウン組、ケビン&ケリーのエリック兄弟と4回の防衛に成功しましたが、新日本プロレスとWWFの業務提携解消によりベルト返上。
わざわざ5月にベルトを新設しているということはこの業務提携解消が予め予定されていた事ではなかったものと思われます。
日本プロレス時代、藤波は猪木の付き人、木村健は坂口の付き人であり、藤波はキャリア14年、木村健は13年、師匠超えを果たしたいところ。
ケンドー・ナガサキは先の「バーニングスピリット・イン・オータム」にランボー・サクラダとして新日本プロレスに初参戦、立ち位置はベビーフェイスの助っ人でしたが今回はアメリカでやっているオリエンタルギミックそのものでの登場、パートナーであるミスター・ポーゴこと関川哲夫は72年、新日本プロレス旗揚げ時、同級生だった浜田広秋(グラン浜田)と共に入門、新日本の上野毛道場で練習生生活を送っていましたが、デビューすることなく退団。
フリーで渡米しミスター・セキのリングネームでカンザス地区で活躍。76年9月の国際プロレス「ビッグ・ゴールデン・シリーズ」にフリーとして凱旋帰国。次の「勇猛シリーズ」にも連続参戦しましたが、翌77年1月には再渡米しています。
78年11月の国際プロレス「日本リーグ争覇戦」に参加が予定されていましたが、スケジュールの都合がつかなくなりやむなくキャンセル。日本のリングに上がるのは9年ぶり、新日本プロレスにはデビューこそしていないものの、13年ぶりの帰還となりました。
ナガサキとはアメリカではオクラホマ、ルイジアナ地区、プエルトリコでも共闘しており、タッグチームとしては即席ではなく、優勝戦線をかき回してくれそうです。
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