85年8月5日、ジャパンプロレスの大阪城ホール大会に姿を現し、長州力へ対戦表明したスーパー・ストロング・マシンは8月23日、東村山市スポーツセンターで開幕した「チャレンジ・スピリット85」を無断欠場。
同時にヒロ斉藤、高野俊二も新日本プロレスのリングから姿を消しました。8月29日、港区白金台の八芳園でマシン、H斉藤、高野俊が記者会見を行い、新日本プロレスからの退団と日本プロレス界初のプロダクション、「カルガリー・ハリケーンズ」の起ち上げを発表しました。
ハリケーンズの3人は9月6日、UWFの後楽園ホール大会を揃って視察しましたがUWFは直後に団体活動を休止。当初のターゲット通り長州のジャパンプロレスに参戦しています。
11月1日、仙台・宮城県スポーツセンター(観衆3,900人発表)で開幕したジャパンプロレスの自主興行シリーズ第3弾、「ニューウェーブ・イン・ジャパン」でジャパンのリングに登場。6人タッグマッチで寺西勇&永源遙&保永昇男組と対戦。10分13秒、マシンが永源を体固めに決めてハリケーンズが初陣を飾りました。
翌11月2日には、後楽園ホール(観衆3,200人超満員発表)で早くも長州&谷津嘉章&小林邦昭組vsマシン&H斉藤&高野俊組の頂上対決が組まれ、15分34秒に長州が高野俊をリキラリアットからの体固めでフォールし、ジャパン軍に凱歌が上がっています。
第3戦の11月4日、大阪城ホール(テレビ収録、観衆9,500人発表)ではマシンは谷津とシングルで対戦し12分22秒、反則負け。H斉藤&高野俊組は寺西&仲野信市組と対戦、9分8秒、高野俊が仲野を体固め。
この日は長州が全日本プロレスのエース、鶴田とシングルで対戦し、60分時間切れ引き分けになっていますが、こちらにつきましては別連載「ジャンボ鶴田怪物伝説」で改めて書きたいと思います。
第4戦、11月5日、岡山武道館(観衆2,700人発表)ではマシン&H斉藤&高野俊組は谷津&永源&新倉史裕組と対戦、13分22秒、マシンが新倉を体固め。
第5戦、11月6日、四日市市体育館(観衆2,600人発表)ではマシン&H斉藤&高野俊組vs永源&保永&仲野組のカードが組まれ12分8秒、マシンが仲野を体固め。
シリーズ最終戦の11月7日、長野市民体育館(観衆3,200人発表)ではハリケーンズの3人は後楽園以来再びメインイベントに登場、長州&小林邦&保永組と対戦、13分31秒にハリケーンズの反則負けとなりました。
このシリーズには、馬場、鶴田、天龍、タイガーマスク以下全日本プロレスの主力の他、全日本「ワールド・チャンピオン・カーニバル」から残留したテリー・ゴディ、今シリーズから参加のジャイアント・キマラ(カマラ)、キング・コブラらの外国人選手も参戦しましたが、ハリケーンズとの絡みはなく、相手をしたのはジャパンプロレス所属選手のみでした。
ハリケーンズはジャパンプロレスを通して、提携先である全日本プロレスのリングに上れるよう打診をしましたが、この話がジャパン主導で進められてきたことと、ハリケーンズと新日本プロレス、テレビ朝日の契約が翌86年3月31日まで残っていたことがネックとなり、この時点ではハリケーンズの全日本プロレス参戦はまだ実現していませんでした。
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