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2018年10月18日22:59

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ジャンボ鶴田怪物伝説(378)

猪木のUN王座を獲得した試合(71年3月26日、ロサンゼルス・オリンピック・オーデトリアム)にはNWA会長であったサム・マソニックが来場し猪木を祝福。

このあたりの権威付けの「絵作り」は日本プロレスがマソニックに大枚をはたいたかと思われます。

3月29日羽田空港での帰国会見で女優の倍賞美津子さん(当時24歳)との婚約を発表、まさに「我が夜の春」を謳歌していました。

この年の第13回ワールド・リーグ戦決勝は日本側が馬場、猪木、外国人側がザ・デストロイヤー、アブドーラ・ザ・ブッチャーの4人が首位で並び、決勝トーナメントの抽選は第1試合が猪木vsデストロイヤー、第2試合が馬場vsブッチャー。2年前の69年の第11回大会とは逆パターン。

外国人2人は完全に「馬場派」。「猪木の決勝進出を阻止すれば特別ボーナスを出す」と芳の里社長に焚き付けられたというデストロイヤーは猪木を足4の字固め地獄に捕らえて離さず、22分59秒に両者リングアウトの引き分けに持ち込まれ、猪木の決勝進出の野望は水泡と化しました。

これにより決勝トーナメント第2試合の馬場vsブッチャー戦が優勝決定戦となり7分21秒、馬場が32文ロケット砲からの体固めでブッチャーに完勝。2連覇、通算5度目の優勝を果たしました。

この結末に腹の虫が収まらない猪木は控室で「馬場さんはインターナショナル・チャンピオン、僕はユナイテッド・ナショナルチャンピオン。どちらのチャンピオンが強いか闘おう」と馬場に挑戦を表明。

結局、日本プロレス協会会長だった平井義一衆議院議員の「馬場、猪木にはまだまだ世界中に倒さなければならない相手が沢山いる。それらを全部倒してから闘えばいい」という何ともいい加減な理由で却下されています。

この年猪木はUN王座をフレッド・ブラッシー、ジャック・ブリスコ、フリッツ・フォン・エリック、ディック・マードックを相手に4度の王座防衛を果たしますが、社内改革に乗り出したことで会社乗っ取りを企てたクーデター犯とされ、12月7日、札幌中島スポーツセンターで馬場と組んで保持していたインターナショナル・タッグ王座をドリー・ファンク・ジュニア、テリー・ファンク組のザ・ファンクスに敗れ王座転落。

12月8日には尿管結石を理由に渋谷区代々木にある小林外科病院に入院、翌9日、大阪府立体育会館ではドリーの持つNWA世界ヘビー級王座とUN王座のダブルタイトルマッチは中止に。

猪木の代打として坂口がドリーに挑戦し2−1で敗退。猪木のUN王座は返上となりましたが事実上は剥奪でした。

さらに猪木が吉村道明とのタッグで保持していたアジア・タッグ王座は12月12日、東京体育館で坂口、吉村組vsドリー、マードック組の間で王座決定戦が行われて坂口、吉村組が新王者になりました。

猪木は僅か6日間で保持していた3つのタイトルを剥ぎ取られ翌13日には代官山の日本プロレス事務所で追放・除名処分となりました。

猪木は絶頂から僅か9か月で組織追放という憂き目に遭った訳であります。
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