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2017年04月12日21:47

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ファンタジープロレスの巨匠桜井康雄さん追悼(1)

元テレビ朝日ワールドプロレスリング解説者で元東京スポーツ新聞社取締役編成局長だった桜井康雄さんが4月10日に亡くなられました。享年80歳。

猪木プロレスの語り部としてワールドプロレスリングの解説を長く務め、舟橋慶一、古舘伊知郎アナウンサーとの絶妙なやり取りで金曜日午後8時の顔でした。

新聞記者、解説者のみならず作家としても活躍。原康史のペンネームで様々なプロレス関係の著書も執筆されています。

昭和のプロレス界を代表するマスコミの大物がまた一人、旅立っていかれました。

桜井さんの訃報に接し、生前の故人の活躍を振り返ることで、餞(はなむけ)と致したく、本日より短期集中連載で追悼日記をお届け致します。

桜井さんは36年(昭和11年)12月23日、東京牛込(現在の新宿区)出身。61年4月、法政大学を卒業後、創刊2年目となる東京スポーツ新聞社に入社。

1年先輩には東スポの前身である国民タイムス時代に入社の山田隆(元日本テレビ日本プロレス中継、全日本プロレス中継解説者)がおり、1年後輩には現在も現役プロレス記者を務める門馬忠雄(元東京12チャンネル国際プロレスアワー解説者)がいます。

入社早々にプロレス記者となり、力道山が空前絶後のメンバーを集めたとされる第3回ワールド・リーグ戦から先輩記者に混じって取材を始めました。

ミスターX(ビル・ミラー)、カール・クラウザー(ゴッチ)、グレート・アントニオ、アイク・アーキンスらの豪華外国人勢が来日していました。

68年にアメリカへ海外特派員として取材に出かけ、そこでロサンゼルスに登場したミル・マスカラスを日本に紹介。

10歳以上年下でベースボール・マガジン社から独立し雑誌ゴングの編集長となる竹内宏介を「坊や」と可愛がっていた桜井さんは、マスカラスは新聞より雑誌向きと判断したか、マスカラスの存在を竹内氏に教えました。

竹内氏はマスカラスをゴング誌の中で大フィーチャーし、「マスカラスのゴングか、ゴングのマスカラスか」をキャッチコピーとし初来日前からマスカラスを誌面で特集しています。

桜井・竹内コンビの手により、マスカラスは「ドロップキック連続22連発」という伝説のレスラーとなり未だ見ぬ強豪としての最有力候補になった訳です。

「日本人のプロレスファンに向いているのはプロレスをファンタジーとして取り上げること」

これが桜井さんのプロレスに対する考え方でした。小学館、秋田書店から発売されていた子供向けプロレス本である「プロレス入門」は小学館は監修ジャイアント馬場となっていますが、実際は山田隆氏が書いており、(秋田書店版は山田隆著となっている)、直属の先輩である山田氏から教わったものであると推測します。
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