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2026年05月15日15:44

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『クリスマス・ストーリー』(仏Un conte de Noël英A Christmas Tale 2008;アルノー・デプレシャン)覚え書き


*『クリスマス・ストーリー』レンタルで観る。おもしろかった。諍い合ってるメンバーもいる家族の、クリスマスらしく願いを叶い&叶えさせあげる、そんなミラクルが表される。ただし、その奇蹟はファンタジー的なものなのではなくきわめてリアリズム的な出来事として表される。偶然の巡り合わせの先にある幸運、そんなところってエリック・ロメール譲りなのかな。

*誉れ高い前作『キングス&クイーン』と同じように(ずいぶん前に観たので記憶は薄いけど)登場人物たちがオーディエンス/カメラアイに向かって、したがってカメラ目線で語りかけたり、手紙が届き、手紙を送った人物がカメラ目線で手紙の文章を語ったりするシークエンスが随所にある。さらにかなり前なので記憶がもっと薄いけれど『そして僕は恋をする』も登場人物たちの独白が多かったように記憶する。群像劇のなかでのそれぞれの独白がデプレシャンの特徴の一つのように思える。

*アイリスが奇妙な使い方でされるが、それが機知的なエスプリとして古き良き時代の無声シネマな感覚を喚起もさせる。またフォトがショットごとに表されたり、アイリスもそうであるがデプレシャンの本作品しゃれたリズムを刻んでいる。

*9歳で亡くなった長男のスピリットがまるでまだ家にいるかのような、かすかなホラー感覚もある。母親ドヌーヴの座っている後ろ姿が美術館のシークエンスに表されるが、私的に、あっデパルマだ、となるも、それよりもその祖型である『めまい』をそれはきっと想起させるものであり、そのシークエンスにもありドヌーヴとエマニュエル・ドゥヴォスが百貨店でショッピングするショットにも掛かるバーナード・ハーマン的な音楽、あれってなんだったのだろうか。ジュ―イッシュとカソリックの相反が不安としてそこに在るのか。宗教的な知識がないので分からず。ヨーロッパ人だったら肌で感じられ理解できる賜物なのな。

*『キングス&クイーン』でも、心の病か、ヘンな男性像をマチュー・アマルリックは体現化していたが本作でもヘン、で、さらにヘン度に磨きがかかる。『キングス&クイーン』では子供心が満載な感じのヘンであり、優しさがある感じではなかったかな。困っているヒトと出会うと、そのヒトにお金を一生懸命に渡そうとするけど、彼の周りにいる彼の知人たちは「貴方の方が貧しいだからそんなことしないで」と言って止めようとする。そうした微笑ましい狂人に比し、本作品のアマルリックは姉に「あんたの頭がおかしい息子」とかあれこれ失礼極まりないことばかりを言う。さすが家族から追放されるだけの暴言ばかりである。でも、頭がおかしいと言われる姉の息子は彼をけっこう好きなようである。

*アマルリックを嫌う姉も、両親は亡くなった長男ばかりを愛している、とか、弟に両親の愛情は全部持っていかれた、とかなにか被害妄想にかられている感じがする。アマルリックは父や弟、そして従弟のシモンといるとき家は女性たちに牛耳られていると、男性たちの無力を嘆く。それを聴く男性たちは無言のまま何も言葉を返さない。アマルリックと母ドヌーヴもお互い諍い合っている。諍いは簡単になくなるものではないが、最終盤の母との面会でのアマルリックとドヌーヴのコインの裏表を当てるゲームで、そこで心が通じ合うふたり、ではなく、なにかこれまでも心が通じあっているふたりの姿があるように感じられる。

*末っ子の弟も妻と従弟の願いが叶うことを静かに見守る。フランス人だからできる偉業か。それとも映画だからだろうか。末っ子の弟は従弟の想いを受け入れるだけではなく、妻の想いも受け入れているから凄いな、となる。これもひとつの、クリスマスならではの奇蹟であろう。

*『キングス&クイーン』でのラスト、エマニュエル・ドゥヴォスがオーディエンスに語りかける独白があったように記憶するが、本作品のラストも姉(註)のモノローグが家族の幸せを願い幕を閉じる。

註 綺麗な女性だけれどあまりファミリアではないけれど、あとで調べると『潜水服は蝶の夢を見る』に出ているのか、アマルリックの恋人役だったかな、と思うも、役は口述筆記者の方であった。なるほど、重要な役柄である。


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