mixiユーザー(id:2566286)

2025年10月05日11:47

39 view

パリでかくれんぼ 覚え書き


☆パリでかくれんぼ (原題:Haut bas fragile 英題:Up, Down, Fragile  1995)
 *3人のメインの女性たち、少なくともふたりは「愛の喪失」を経験しているようであり、本作のテーマはそのこと思わせる。
 *ミュージカル形式とはいえ、それは作品の一部でしかない。歌と踊りが始まるのは、映画が始まってから1時間以上も経ってからである。
 *リヴェットいつもの陰謀論。ロランはルイーズの前に突然現れ、彼女には謎的なクラブ・オーナーと同じように秘密結社に属していること仄めかし、ニノンには彼女の犯罪を見たかどうか分からない謎をこの世界に孕ませる。
 *リヴェットのテクストで繰り返される陰謀論、主人公の強迫観念がつくりだす妄想なのか、ではあるまいな、と、なぜなら、それだったらポランスキーになってしまうから、と思うも、ではその陰謀論は実在するのか、最近初見の『パリはわれらのもの』や再見の『セリーヌとジュリーは舟でゆく』数年前に再見した『彼女たちの舞台』ずっと昔に観た『美しき諍い女』から推測してたぶん戦後のアメリカの覇権とともに見え隠れする様々な様相のイデオロギーなのでは?専制・統制されることへの抗い?となるも、本作を観ると、妄想もあれば実在する恐怖もあるなとなる。真実とは? (本当とは?) 罪とは? 裏とは? それが本作品では語られしおん。
 *男たちの、よく言えばミステリアスな、悪く言えば中途半端で意味不明な行為は女性たちを苛立たせる。理性では括れないものが、男性にはないものがそこにある。花束を床に叩きつけた後のルイーズとニノンがステアウェイを昇りくだりながらの歌とダンスやニノンんちでの女同士のふたりの呑み会にそれは表される。でもリヴェット、エスプリは忘れない。気取っているわけではないフランスの庶民性、凛としている。
 *なかなかノワールが覆うリヴェットのテクストであるが、主人公の女性たちはとても活き活きに軽やかに生きている。作品が暗くならないのは彼女たちのおかげである。ロメールのリアルに描かれる人物たちとおなじように活き活きしている。けれど演劇的。そういった意味ではその虚構性、ドゥミに近い。リアルに思える遣り取りしているかと思えばいきなり歌い踊りだす。『パリはわれらのもの』のベティシュナイダーにはタチは『ぼくの伯父さん』の残滓があるように軽やかな女の子を、セリーヌとジュリーもオトメティックにお茶目、『彼女たちの舞台』の女の子たちも等身大に悩み、そして笑いを分かち合う。『美しき諍い女』のべアールだって、描かれる生命の輝きだけではなく作品世界に明るさを照らしている。彼女たちは生を主張する。可愛いだけじゃダメかしら?ただ可愛いだけではダメなのである。生の光りを放っている。エスプリがそこにある。精神がそこにあるのである。だから活き活きとして、かつ軽やかなのである。
 *選択を託されるニノン。愛の喪失を受け入れ新しい愛をウェルカムするルイーズ。そして、愛をまだ追いかけるイダ。作品は選択と未来を我々にも託している。
 *けっこう忘れているところあるが、ラストのショット奥行の方へ走ってゆくイダは、その姿を見て、記憶から引っ張り出される。印象残るラスト。





1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2025年10月>
日 月 火 水 木 金 土
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 

最近の日記

もっと見る