『ヴァンパイア』
ヴァンパイアおもしろかった。最初は出ているヒト誰だぁ?って感じだったけれど、チェックすると園子温のニコラスケイジには負けていないキャスト、トランスアメリカではフェリシティ”デスパレートな妻”ハフマンの息子を演じたアクターもいるし、クジラの島の少女もいるし、あのレイチェルリークック(ドーソンズクリーク・エイジにあったシーズオールザットに主演)もいる。
花とアリスは少年をいじめたが、本作の好きだからいじめちゃう役柄はレイチェルが担う。男性主人公のサイモンはなんで血が好きなのか不明だけれど、狙うのは天使たちばかりで、彼女たちを彼女たちの願い通りにホントにエンジェルにしたいがためにヴァンパイアであること表している。脱皮をする蝶のように羽ばたかせたい。そして彼自身も羽ばたきたい。アオイホノオU.S.A.である。
冒頭の方、観ているとなんとなく、これはひょっとして自殺サークルにインスパイアされたのかな、という感覚になる。圀は違えど、同じ空気感が支配するようなもの感じられる。なんとなくな世紀末観。ロケ地がヴァンクーバーゆえ、その冷え冷えがそう思わせるのかな。
サイモンはメタモルフォーゼの表象かのようである。アバターを(演じるというより)肉体化する時代におけるそれ。彼は受肉したいのかな。堕ちたサタンのようにまた天国に戻りたいのかな、ヴァンパイアになりきるのは。彼はサタンの裏の顔であるエンジェルの顔も表す。彼がアオイホノオU.S.A.であれば、彼がハントする女性たちが彼の内なるものを表しているのかもしれない。岩井好みのイノセントな顔立ちの女性たち(というより、岩井風に少女たちだろうか)。私的には特に、最終盤のマリアルーカス。東アジアの血が入っている彼女、印象深い。本作はアジアの感覚が多分にある。
いくら飛行機が落ちたから見に行っていいかと言われてもそれに同意するのはアメリカンにしては危機感がないなと思いながらも、連続殺人にあってしまうときはそれもあるから起こるのかなと思いながらも、義理の父親が子をいたぶるときその子の実の母親がその父性社会でマインドコントロールされてしまい旦那に従ってしまうのはなんだか日本的な感じがするも、アングロサクソンの方がマッチョにその思いあって家族を支配してやりそうだから、そうかもなと思いながらも、ひとりで死ぬのは嫌だから集団自殺で練炭ってのもなんだか日本人的烏合の衆っぽいなと思い、アメリカンのツラしていても、表されることがなんだか日本人的だなとあれこれと違和感をおぼえる。それを指摘する批評家はいないから、そのことにアメリカン・オーディエンスも違和感はないのだろうな。でもやはりアジア的、というより日本式に感じられる。これはヴァンクーバーが舞台とされているのかな。ならば、カナダ人は日本人と同じようなお人よしと聴くので、登場人物たちの行動も日本人的に納得できる。
サイモンはたぶん彼自身の意思を伝えるの口下手なのだろうな、とこれまたジャポネーズ的に思えるも、こういうヒトはもちろんアメリカンにもいる。ズケズケ入ってこられても言い出せないゆえプロセスは進み、サイモンのヴァンパイア/エンジェルのキャラはクロースアップされる。なぜに蒼井優との出会いにより、彼のエンジェル度がアップしたのか分からないが、彼の内なるエトランゼ度が本当のエトランゼと出会うときに増したのかと思うも、彼のバックグラウンドも内面もこれといって表されないので、ちょいと薄っぺらいキャラには感じられる。まーホラーゆえに不可解なとこが前提でなければいけないのだろうけれど。
アオイホノオ度はなきにしもあらずなのだけれど、ヴァンクーバーが醸し出す空気感が世紀末的なので、そこに生きる主人公のセンスはやはり岩井終末論的に当てはまる。その終焉もまた表さられるのだろう。
ラストのセリフがよい。彼が飛ぶところもそこに集約される。あーそういうことだったんだとはもちろんならないけれど(ひとつのことに縮約されてはいけない)作品のイメージ的に合点がいく。アオイホノオU.S.A.も脱皮ができたのだ。でも彼の贖罪は伝わってもアオさはあまり伝わらなかった。むしろ、認知症の母親をケアするちゃんとした青年でありフツーにいる高校教師にしか見えない。でも、作品はおもしろくはあった。岩井俊二のトーンである。
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