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2023年01月20日07:25

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週プロ流智美あの日あの時予想2021年総括(12)

第178戦、3月24日発売号●【予想】凱旋帰国の馬場、キラー・コワルスキーと時間切れ引き分け(63年日本プロレス蔵前国技館)【正解】猪木、モハメド・アリ戦調印式の為にニューヨーク入り(76年)

【予想解説】61年7月、初のアメリカマット武者修行に旅立った馬場は、力道山の依頼を受けたグレート東郷、フレッド・アトキンスの指導を受けながら、ロサンゼルス地区を経てアメリカマットの檜舞台であるニューヨークを中心に活躍。「ババ・ザ・ジャイアント」のリングネームでトップヒールとなりました。

力道山から帰国命令が出て凱旋帰国したのが63年の「第5回ワールド・リーグ戦」。初来日のコワルスキーをエース格にパット・オコーナー、ヘイスタック・カルホーン、ジノ・マレラ(ゴリラ・モンスーン)、カウボーイ・ボブ・エリス、アトキンス、サンダー・ザボー、キラーX(フランク・タウンゼント)の外国人選手が参加。

日本側は4連覇の力道山はシードで優勝決定戦に出場、豊登、吉村道明、馬場、大木金太郎、猪木寛至、マンモス鈴木、遠藤幸吉が出場。

馬場はこの時25歳。帰国記者会見を羽田空港で力道山同席のもと行い、次代の日本プロレスを担うエースとしての風格を漂わせていました。

3月22日、渋谷・リキスポーツパレスでの開幕前夜祭でコワルスキーと5分間のエキシビションを行った馬場は、開幕戦の3月23日、蔵前国技館大会のメインイベントに出場。

師匠力道山&東郷とトリオを結成しオコーナー&エリス&キラーX組と60分3本勝負で対戦しまし。1本目は23分49秒、キラーXが馬場を体固め、2本目は10分3秒、馬場がキラーXを体固め、決勝の3本目は60分時間切れとなり、1−1の引き分け。馬場はメインイベンターとしての重責を果たしました。 

翌3月24日の第2戦では外国人側の優勝最有力候補、コワルスキーとシングルマッチ45分3本勝負で対戦、両者ノーフォールのまま時間切れ引き分けに持ち込み、209cm、145Kgの巨体で力道山には真似できないスケールの大きな試合で日本プロレスの次代のエースに相応しい活躍を見せています。

【正解解説】76年2月24日付、ロサンゼルスの地方紙である「ヘラルド・エグザミナー紙」がプロボクシングWBA&WBC統一世界ヘビー級王者モハメド・アリと日本のプロレスラー、アントニオ猪木が6月に東京で対戦すると報じられ、2月26日、日本にもニュースが入って来ました。

ことの発端は前75年3月24日、74年10月30日、アフリカ・ザイール共和国キンシャサでジョージ・フォアマンに8ラウンドKO勝ちで絶対不利と言われた闘いを制し「キンシャサの奇跡」と呼ばれ世界ヘビー級王座に返り咲いたアリは、オハイオ州クリーブランドで、無名の世界ランキング8位、チャック・ウェップナーと初防衛戦を行い、ダウンを奪われるも15ラウンドTKO勝ちで初防衛に成功。(この試合をテレビ観戦していた当時28歳の無名時代のシルベスター・スタローンがインスパイアされて「ロッキー」の脚本を一夜にして書き上げたというのは有名な話)

この試合の後、アリは「次は東洋人とやりたい。俺と闘う勇気のある東洋人はいないのか!ボクサーじゃなくてもいいぞ、空手家でも柔道家でもいい。100万ドルので賞金を用意する」とアピール、当時の自民党衆議院議員で日本アマレス協会会長であった八田一朗氏がこの話を聞いて「これは面白い話」と動きました。

猪木は話を聞いて「俺が対戦したい」と名乗りを上げて、同年6月9日、マレーシアのクアラルンプールでジョー・バグナーと防衛戦を行う(試合は7月1日)時、トランジットで羽田空港に立ち寄ったアリに新日本プロレスの杉田豊久渉外担当が猪木の「挑戦状」を渡しました。

その時のアリの反応は「イノキ、フー?(誰?)」というものでアリ得意のジョークかと思われましたが、猪木はその後もエージェントを通してアメリカで交渉を続け、いよいよ、本当にアリとの対戦が実現することになった訳です。

日時は6月26日、場所は東京の日本武道館と発表されました。

これを受けて2月28日付(27日発行)の東京スポーツでは一面で「アリ、『猪木と戦争だ!』」とアリが猪木戦ヘ向けて臨戦態勢になったと報じ、同日27日、「ビッグ・ファイト・シリーズ」後楽園ホールからのテレビ生中継で猪木はインタビューに応じアリとの対戦実現に向けて動き出すことを明らかにしています。

3月18日、蔵前国技館で「ビッグ・ファイト・シリーズ」が閉幕すると、猪木は倍賞美津子夫人(当時)を伴い、3月25日(現地時間)、ニューヨーク・プラザホテルで行われる調印式出席の為に渡米。 

紋付、羽織袴で出席した調印式の件ではなく、前日の24日にニューヨーク入りした猪木の模様を27日付(26日発行)の東京スポーツ一面で桜井康雄特派員が特報しています。

このあたりは東京スポーツが独占、プロレスと東スポがいい関係を築いていた良き次代でした。

※対戦成績は178戦35勝143敗、勝率197。 
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