ブラックピンク は、日本人は四文字に短くしちゃうけれどブラピンでいいのかな、アメリカうけする曲だな。でもなんかブリトニースピアーズやアギレラ的な楽曲な感じ。ブルージーンズはもっとアリアナグランデやオリヴィアロドリコ寄り、だけど、っぽい、ではなく、もっと独自性がある。日本は、ビッシュとか、煩悩に正直なオンナノコ風なのとか、或いは、なんとか坂シリーズみたいな、いまだ女子。女子というのが差別用語になっていると聞いたけれど、女子ではなく、坂たちは清楚さ、女性というもの意識させているのかな。
というのも、ミレニアムとか10年代最初の頃に比すれば、悶々としていない。岩井俊二のリップヴァンウィンクルは、監獄か虚構か分からないけれど、そこでの悩みであることやめ突き抜けているし、園子温は、虚構で悶々ではなくそもそもからそこを駆け抜けろ的なものあるけど、エッシャー通りはそれがもっと呆気らカランになっているし、悩まず煩悩に正直なオンナノコは制服女子たちの成就にも見えるし、ゴスロリ(とそれへの反動も含め)のミュータントが女子か女性か分からないけれど、それ以後として有るんちゃうんかい、と見える。あるいは、キャラ演じる、っって事の次第なのかな。ヒトは誰しも演じるものではある。
ps
男性クリエイターがつくりだすメディア操作というではなく、創作者には女性もいるだろうし、それはおいといても、恣意的な流れではなく、テクスト或いはミーム的にも、流行に流されるというのはあっても、共感がなければ風呂は沸かない、、もとい、フローは生まれないと思うのである。もっとも、それが生まれる前のことも流行が産んだことも加担しているのかもしれないが、それ考えていくと、アタマがパンクしちゃう。
ログインしてコメントを確認・投稿する